クラシックCD聴き比べ ~ Classic CD Memos ~

クラシック音楽のCDを中心に演奏者への敬意を込めて、つたないメモを書いています。

シベリウス 交響曲第5番(1915版) ヴァンスカ(95)

2010.09.23 (Thu)
ヴァンスカシベ5オリジナル
ヴァンスカ/ラハティ交響楽団(95、BIS)は唯一の1915年の初演版による演奏。
この盤を聴いた時の衝撃は大きかった。
今まで聴いてきた第5番と素材は共通しているがまるで音楽の印象が異なる。
全く別の曲だ。

シベリウスは1915年4月21日に近づく春の気配、
冷たい陽射しの中を靄と霧を吸いながら散歩していると
11時10分前に「16羽の白鳥が彼の上を旋回しやがて陽光の照る靄の中を
銀のリボンのように消えていった」と記している。
この印象が生涯の最も大きな感銘の一つとしているが、
その様子を曲にしているのがこのオリジナル版だ。
現行版に比して200小節長く、オーケストレーションや調性感が異なる。
そもそも4楽章制。

この曲は1914年から15年にかけて作曲され12月8日にシベリウスの50歳の誕生日の
記念演奏会に初演され成功を収めた。
しかしシベリウスは満足せず1年後の同じ日に第2稿を初演。
ここでも成功したがまだ満足せずに19年に現行版を仕上げた。
交響曲第4番が1911年、第6番が23年、第7番が24年だから
重要な時期をこの5番が占めている。
この1915版は1970年にパヌラ/ヘルシンキフィルで一度再演されたが
その後遺族によって演奏は厳禁となったが、
BISのバール社長の粘り強い説得で初めて録音された。

録音はラハティの十字架教会で夢見るような美しさ。この演奏を引き立てる。
第1楽章のひんやりした冷気の中フワッと陽が射す様子を
ここまで描写した音楽は無い。
あっという間に部屋の空気が北欧の森の朝になる。
(これと似た雰囲気はラーションの「抒情幻想曲」に聴くことができる)
その後も曖昧模糊とした展開で交響曲第4番との連続性を強く感じる。
直線的に音楽が進行しない。私はこの雰囲気が好き。
音楽は彷徨いながらも胸が高鳴る。
シベリウスは、「少し前まで死の恐怖におびえていた自分と
決別できるかもしれない」と感じていたのかもしれない。
第1楽章はその高鳴りの中で突然曲を閉じる。
第2楽章が新たな主題を伴い始まる。
この期待感の爽やかな膨らみは素晴らしく繊細。
そして高らかに歩みを始め飛び立とうとした瞬間、終わる。
これは一体何だ?いよいよというときに何もない虚の世界にぽっかりはまり込む。
現行版ではしっかりエンディングされているが、この終結の仕方は素敵だ。
第3楽章は何事もなかったように始まるが、何か不安な要素が付きまとう。
終楽章は飛翔の音楽。散歩のときに出会った鶴の声は2:35にトランペットによって
不協和音的に突然挿入される(現行版では削除)し、その後にフルートの歌声や
オーボエの断片音にも木霊する。去りゆく鶴を見ながら勇気を振り起こし
自分のこれからを思うシベリウス50歳の姿の投影がここにはある。
ティンパニのトレモロを伴い、金管・弦がじりじり高潮していく中木管が
念を押しながら終結。現行版の終結とは全く異なる音楽、そして終結。
ちなみにこのヴァンスカの演奏は唯一の記録だが空前絶後の名演と感じる。
シベリウス好きの人は聴かなければならない盤。

8:22  5:10  7:37  13:46  計 34:55
演奏  S   録音 95点

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