クラシックCD聴き比べ ~ Classic CD Memos ~

クラシック音楽のCDを中心に演奏者への敬意を込めて、つたないメモを書いています。

フィールド ピアノ協奏曲 第1番

2016.02.27 (Sat)
field.jpg
ジョン・フィールド(1782~1832)は、
ハイドン(1732~1809)モーツァルト(1756~91)ベートーベン(1770~1827)より若いが
生きた時代は重なり、パガニーニ(1782~1840)とほぼ同時期の作曲家。
影響を与えたショパン(1810~49)より30歳近く先輩となる。

専ら「ノクターン」の創始者として知られるが彼の作った7つのピアノ協奏曲は
ロマン派初期の慎ましい佳品。
私はショパンのピアノ協奏曲より、フィールドのそれが(彼もピアノの名手であったが
全くそれを誇示することなく)ひっそり咲く花のようで好ましく感じる。
ピアノも管弦楽も押しつけがましくない。

裏を返せば、コンサートで映えるような華々しさがないので忘れられた存在になるのだろう。
しかし、今はパーソナルに音楽を愉しむことができる時代。ゆったり気分で流すにはよい。
たまたまネットで現在ピアニストの吉川絢子氏の素晴らしい学士取得論文
「ジョン・フィールドのピアノ協奏曲研究」を拝見したのでそれも参考に記してみたい。

<ジョン・フィールドの生涯>
上記論文によれば3期に分けられる。

1782年から1792年(幼少期):
アイルランドのダブリンで音楽家系に生まれ小さいときからピアノの特訓を受ける。

1793年から1802年(少年期):
ロンドンに一家が越し、そこで作曲家兼ピアノ販売者であったクレメンティ(1752~1832)のもとで
習いつつピアノセールスのためのデモ演奏を行う。

1803年~37年(青年期から晩年):
巡業先のロシアが拠点。20から30代はピアニスト兼作曲家として成功するも、
40から50半ばで亡くなるまでは、酒と直腸癌で不遇をかこった。

ピアノ協奏曲第1番を除く6曲は1810から1822ごろの人生の絶頂期に作曲された。
しかしこの時期は私生活も既に混乱していた。
1810年にピアノの弟子のペシュロン嬢と結婚するも衝突が絶えず、
1812年ころから妻の友人のシャルパンティエ嬢とも親密になり1815年に息子レオンができた。
一方、正妻との間にも1819年息子アドリアンが生まれた。
現在の倫理観からすればいかがなものかだが、当時は大らかだったのか。
彼の救いは晩年はそれぞれの息子に支えられたとのこと。めでたしめでたし。

<ピアノ協奏曲第1番>
少年期17歳のとき、クレメンティの配下にあった時に作曲・初演されて好評を博した。
3楽章形式で20分程度の小品。成人してからの第2番以降の作品に比べモーツァルト的。
若書きだが肩の力の抜けた魅力的な曲。
第1楽章はオケの少し堂々としかつ愛らしい提示部に続いてピアノが登場するのだが
なんだかサロンでお茶を飲んでいるような雰囲気。
第2楽章は当時流行ったスコッチ歌謡のメロディを採った親しみやすいもの。ほぼピアノ主体。
第3楽章は冒頭にバグパイプの音型がでてキャッチーだが、その後はカッコウのモチーフが随所に出てくる。

<私の保有盤>
録音順に

①1982  オコーナー(p)  フルスト指揮 ニューアイリッシュ室内管
オコーナー全集

②1994  オローク(p)   バーメルト指揮 ロンドン・モーツァルト・プレイヤーズ
オローク12

③1996  フリス(p)     ハスラム指揮 ノーザン・シンフォニア
フリス13

④2007  レスターニ(p)  グィダリーニ指揮 ニース・フィル
レスターニ全集

曲自体が愛らしいもので技巧的にも超絶的なものはどこにもないので
どの盤も楽しめる。それぞれの録音も相応であり問題ない。
あえて言えばアイルランドのピアニストである①オコーナー②オロークが好きかな。
④のレスターニはテンポをゆったりとっているのが特色。

① 8:44  6:44  4:58   計 20:26
② 9:08  6:07  4:54   計 20:09
③ 9:04  6:28  5:04   計 20:36
④ 9:46  6:57  5:10   計 21:53

コメント


管理者のみに表示

トラックバック