クラシックCD聴き比べ ~ Classic CD Memos ~

クラシック音楽のCDを中心に演奏者への敬意を込めて、つたないメモを書いています。

シベリウス タピオラ カヤヌス(32)

2016.01.02 (Sat)
歴史的録音
カヤヌス/ロンドン交響楽団(32、EMI)は考えさせられる。

ロベルト・カヤヌス(1856~1933)はフィンランドの作曲家・指揮者であり
シベリウス(1865~1957)の音楽の普及に尽力した。
両者の関係は常に友好というものではなかったが、お互いに刺激を受け、
かつカヤヌスはシベリウスの音楽に敬意を払っていたのは間違いがない。

EMIのウォルター・レッグはシベリウスの推薦でカヤヌスをたてその主要作品の録音を
1930年に開始した。交響曲第1,2,3,5と録音したところで1933年カヤヌスが亡くなって
しまったので結局これは頓挫する。その一連の録音の中にこの「タピオラ」が残された。
ダムロッシュ/ニューヨーク交響楽団による初演が1926年11月26日で
この録音が1932年6月末なので初演から5年半後の記録。

演奏内容は導入で速いテンポで粘らずに進む。
但し録音のせいもあるがアクセントが切り立つような表情はなく茫洋とした中に
パッセージがほの暗く浮沈する。
中間部までは速いが練習番号K(7分半過ぎ。スケルッオ的な動きが終了し
音楽が森の静寂に包まれ雷鳴が始まる頃)にはテンポがぐっと落とされる。
いやがおうにも緊張感が昂まる時にそれをどう表すかが問われる場面。
後半は終結までずっとジックリしたテンポで音楽が運ばれる。
このため雷鳴の起立が弱まり音響的な激しさは減じられる。
しかし、重さとロマンが内包される演出。

シベリウスは1943年にこの録音を聴いて「遅すぎる」「全く生気がない。
曲はもっと劇的に表現されなければならない」と語ったとのこと。
多分シベリウスの指摘はこの後半部分を指しているのだろう。

1927年にカヤヌスがこの曲のフィンランド初演をしたときはこの曲は好評で迎えられた。
勝手な推測だが、前年のNYでの初演の不評の原因がこの曲の「厳しさ」にあると
推測したカヤヌスが口当たりを良くして一般聴衆に理解しやすいように提供したのが
その成功要因だったのかもしれない。
しかしシベリウスはあくまで「容赦のない厳しさ」を求めたのだ。

今何度もこの曲を聴いて曲に接する心構えができたなら、
シベリウスが要求した通り「厳しい」演奏されても決して驚くことは無い。
ただ、私は最初にこの曲を聴いた時、後半の唐突な強音に掻き乱された
ことを思い出すと、カヤヌスの演奏者としての「配慮」も分かる気がする。
(↓ガレン=カッレラ画:1984年「Symposion」のシベリウスとカヤヌス)
1894-sibelius_symposium_20160102115300cbf.jpg

録音はアビーロード第1スタジオでのセッション。
この録音はフィンランディアレーベルやナクソスでもCDリマスターされているが
今回の盤は2015年アビーロードスタジオにあったマスター盤から復刻されたもの。
80年以上前の録音だが雑音も歪みもなく結構聴ける。
スタジオ録音で拡がり奥行きは望むべくもないが演奏方針は十分伝わる。

17:46
演奏    考    録音 73点

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