クラシックCD聴き比べ ~ Classic CD Memos ~

演奏者への敬意を込めて、つたないメモを書いています。

シベリウス 交響曲第6番 カム(2014)

2015.09.27 (Sun)
カム全集
カム/ラハティ交響楽団(2014、BIS)はあまりに儚い美しさのため意識が飛ぶ。
こんな音楽、こんな演奏はそうはない。

この録音にかかわった全ての人がこの曲を愛し理解している。
というのも指揮者、オケのみならず製作陣がこの曲の弦の扱い、
ハープ・ティンパニの重要性を周知しているということが伝わるから。

2011年カムがラハティ響の首席に就任した際、シベリウス・チクルスが演奏された。
その時にシベリウスに異常な愛着をもつBISのフォン・バール社長が聴いていて
このコンビによる全曲セッション録音を即断した。
BISはすでに同オケでヴァンスカによる極めて評価の高い全集を作っているにも
関わらず、である。しかし、この録音を聴くと納得する。
エグゼクティブ・プロデューサーでもあるバール氏に感謝しないではいられない。

第1楽章冒頭はとても大事。
弦のディヴィジ奏で音の綾が織られるが、透明な軽やかさが
離散集合しながら輝く。
さらさらの粉雪が朝の光の中でキラキラ舞いながら消えていく。
弦のアクセント、表情、どこまでもデリケート。ただ優しいだけではない。
自然の音なのか、内なる鼓動なのか判然としない。
浮沈を繰り返す音にクラクラしていると金管のドレミ音で我に返る、
がまたすぐに落ちてしまう。

第2楽章のティンパニの音で目が覚めるとどこか、黄泉の国を彷徨している。
意識は相変わらず朦朧としていて何かが目の前を行ったり来たり。

第3楽章はまた突然別の次元にワープ。
この演奏はアンソニー・コリンズ並みの疾走を見せるが、これはテンポだけの話。
どこまでも浮遊し軽やか。そして最後はティンパニの連打で容赦なく覚醒させられる。

終楽章は短調の悲哀と長調の癒しが交互に来て頭を駆け巡る。
各フレーズの扱いが全く乱暴にならず提示される。熟達の技。
ヴァンスカ盤も素晴らしかったが、最終楽章があまりに速くて惜しかった。
ニュアンスがスピードで消されてしまう場面があったが、カム盤は万全。
そして光るのが粒だつティンパニ。頭の中を色んな情景が明滅する際に鳴っている。
またもや意識が危うくなる。
終結部はそれを優しく受け止める。しかしここはもう現生ではない。

聴き終わってしんみりしてしまう。
R・シュトラウスの「四つの最後の歌」の世界観・死生観と似ているかもしれない。
交響曲第7番ではもはや人の気配はなくなる。

録音はこの全集の終盤の2014年1月から2月にかけてなされており最高の水準。
外は凍てつく寒い時期だが、音は寒さの中に温もりを感じさせる。
先述のとおり重要楽器が混濁なくしっかり聴けるのがうれしい。
ライブでなくセッション録音の有り難さを感じる。

このラハティのシベリウス・ホールのホワイエの天井のライトの配置は
シベリウスの生まれた日の天上の☆を再現しているとのこと。
いつかは訪れたいホールだ。
Lahti.jpg
(http://www.theartsdesk.com/より引用)

8:51  6:43  3:26  9:45   計 28:45
演奏  S    録音 96点

コメント

この曲は私にとって、あらゆる管弦楽曲の中で最も好きな曲のひとつです。1楽章冒頭や4楽章冒頭の美しさは筆舌に尽くしがたく、ひたすら澄んだ、透明な世界が目の前に広がります。

こちらのブログで、カムがラハティ響と全集をいれたと聞いて、6番はどんなだろうと、真っ先に考えました。
BISの制作であること、ヴァンスカとラハティ響の名演、等を考え合わせれば、この盤が素晴らしいであろうことはある程度想像できますが。。

・・・是非聴いてみたいと思います。

Riccardoさんもこの曲がお好きなんですね。
作曲家の吉松隆さんもシベリウスの曲の中でも
この曲に特にインスパイアされたとどこかに
書いてありましたが、日本人の感性にフィット
するのかもしれません。
カムのこの録音は極めて自然で素敵です。
是非聴いてみてください。
おはようございます。5,4とこちらの記事を参考にさせて頂きカムの演奏を購入しましたが、6番の記事を拝見し我慢出来ずにこちらも買ってしまいました。

素晴らしいです。初めてこの曲が心に触れた気がします。

貴重な情報ありがとうございました。今度は7番ですね。
cinq様
カム/ラハティの演奏気に入っていただけたなら
幸いです。
私と同じような感想を持っていただく方がいらっしゃるのは
嬉しいものです。
7番、どうでしょうね。

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