クラシックCD聴き比べ ~ Classic CD Memos ~

クラシック音楽のCDを中心に演奏者への敬意を込めて、つたないメモを書いています。

ムソルグスキー 展覧会の絵 クーセヴィツキー(30)

2015.02.22 (Sun)
クーセヴィッキ
クーセヴィッキー/ボストン交響楽団(30、RCA)は意義深い。
現代の有名曲「展覧会の絵」の歴史はここから始まったのだ。

この曲の歴史を振り返る。
1874年 ムソルグスキーは知人画家ハルトマンの急死に触発されて
      彼の絵をテーマに3週間で10曲のピアノ組曲を完成させた。
1881年 ムソルグスキーはこの曲の陽の目を見ることなく亡くなる。
1886年 R=コルサコフ改訂のピアノ曲として出版。
1891年 ロシアの作曲家トゥシュマロフが管弦楽に一部編曲。
1915年 英国指揮者のイギリスのヘンリー・ウッドが管弦楽編曲を完成。
1922年 フンテクとラヴェルがそれぞれ管弦楽版を完成。
1930年 ラヴェル編曲版の初レコーディング(本盤)。
1931年 ムソルグスキーのピアノ原曲の自筆譜による原典版が出版。

その後も各種編曲がなされるがこのラヴェル版が圧倒的に演奏の機会を持つ。
むしろラヴェル編曲によって初めてこの曲は世に認知されることになった。
ラヴェル版はクーセヴィッキーがラヴェルに委嘱し1923年初演した。

ここで問題となるのは、ラヴェルが元にしたのは、ムソルグスキーの自筆譜版が
出版される前だったためR=コルサコフが改訂したピアノ譜によっていること。
従って「ビドロ」など本来フォルティッシモで始まるところが、ピアニッシモで
始まるようになるなど、原曲の荒々しさが薄められた。
また、編曲の方針が純粋に演奏効果のある管弦楽ピースを作る
という方針だったように思われる。
故に(それ自体特に非難される云われは全くないが)、私自身は
煌びやかな音響が続くだけのこの管弦楽曲になにか違和感があった。

それが解消されたのはピアノ原典版を聴いてからだ。
この曲に内包される作曲者の情念を知ることによってこの曲の深みを
感じることなった。それ以来管弦楽を聴く姿勢も変化した。

そう、この曲は単なる絵の描写ではなく当時の農奴解放から
「ナロード・ニキ」に至る時代の思想的背景を有する。
一番象徴的なのは「ビドロ」。
一般的に「牛車」と訳されるがハルトマンの作品にはそれに対応する作品がない。
ムソルグスキーの意図で挿入された曲なのだ。
「ビドロ」とは別意で「家畜のように従順な人間、暗愚な農民」を指すと
研究書に書いてある。むしろレーピンの代表作「ヴォルガの船曳き」あたりがこの曲の
原画という指摘もある。(一柳富美子著「ムソルグスキー『展覧会の絵』の真実」)
こうした経緯をどこまで知ってクーセヴィツキーはこの曲を振ったのだろうか。
Volga_Boatmen_(1870-1873).jpg
(ロシア美術資料館サイトより)

録音はボストン・シンフォニーホールで10月28~30日にかけてのモノラルセッション。
復刻は見事でとても85年前の録音とは思えない。
音割れなどなく、ハリ音なども気にならないリマスター。低域などもなかなか重厚。

演奏は手慣れていて、今聴いても堂に入っている。
各曲ごとに表情を変え無機質にならない温もりを持つ。
テンポは速めなのだが、メロディを濃厚に歌わせたりもする。
但し例の「ビドロ」は爽快に駆け抜けスタッカートでリズムを刻む独特の処理が見える。
「リモージュの市場」などのスピード感は保有盤最速で、オケが完全に手中にしている。
「キエフの大門」は音を短く切りながら素晴らしい推進力。

確かにこれはムソルグスキーが考えた世界とは違う音響なのかもしれない。
しかし当初の情念とは別にここには完成度の高い管弦楽作品がある。
このラヴェル版がなかったら「展覧会の絵」は埋もれたかもしれない。
とすると原典の持つ意味合いも発掘されなかっただろう。
今ではそう思うようになった。
ラヴェル版を世に送り出すことになったクーセヴィツキー(その資金を捻出した
大富豪の娘で夫人のナターリヤ)の果たした役割は大きかったのだ。
そんなことを考えさせてくれる歴史的な盤だ。

29:39
演奏  起    録音 75点

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