クラシックCD聴き比べ ~ Classic CD Memos ~

演奏者への敬意を込めて、つたないメモを書いています。

モーツァルト 交響曲第29番 ファイ(97)

2014.12.25 (Thu)
ファイ29
ファイ/シュリアバッハ室内管弦楽団(97、hanssler)は恐ろしい盤だった。
己を試される。

1960年生まれのファイは、モーツァルテウムでアーノンクールに師事した後、
1987年にこのオケを創設した。1993年には発展系としてハイデルベルグ交響楽団に
拡大した。その後は、曲の規模に応じて両楽団を使い分けている。
これらのオケの特色は、古楽奏法でのモダン楽器演奏(金管、打楽器は古楽器)。
これを聴いて思うのは、ピリオド奏法を訓練すればモダン楽器でも古楽に
聴こえるということ。独特のこのコンビの響きは私は好きだ。
ノンヴィヴラートでザラッとしていて引き締まった音は黒光りしている。
しかもファイは速めのテンポの中で多様で積極的な表現を持ち込む。
それはメンデルスゾーンでもハイドンでも成果を上げている。

さてモーツァルトはどうか。
本盤はKV114(交響曲14番)とKV134(交響曲21番)がこのKV201(交響曲29番)の
前に収録されている。聴き慣れない最初の2曲を聴いていると純粋に音楽を愉しめる。
しかし、有名なこの曲になると「ほかの演奏と違う」という拒絶反応が出る。
ファイの演奏方針は最初から一貫しているのだが、こちらの既成概念の有無で
感じ方がまるで変わってしまう。
自分の判断の尺度が絶対から相対に変化した瞬間だ。
そうした意味では大量にCDが出回り多様な演奏に接している自分は果して
幸せな聴き手なのだろうか、と考えてしまう。標準から外れた演奏だからこれは良くない、
などと考えていては音楽は愉しめない。そんなことを改めて気づかせてくれた。

録音は、中部ドイツのマンハイムやハイデルベルグそばの田舎町の
ビルケナウ教会で行われた。明晰な録音で鮮度が高い。
教会特有の残響成分はそれほど多くない。それは演奏方針と合致。
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第1楽章冒頭は古楽器的な雰囲気ある音で始まる。
が、すぐに独自の表現に気付く。フレーズ毎に音が弓なりに強弱を繰り返す。
今までに聴いたことがない。
もちろんスコアにはそんな指定はないからファイの感性だ。
初期のアーノンクールを更に突き詰めたようで入念に楽譜を読み表現をする。
多くのモーツァルトファンは顔を顰めること間違いなし。
煩わしい、神聖なモーツァルトをいじるな、と。
しかしこの時代はマーラーのように事細かに指示したりはしない。
演奏者の感性で楽しく奏でればいいのだ。
そう思って体を揺らしながら聴けば、なるほどこれもありだと思える。
音は徹底して美しく、対向配置の掛け合いが楽しい。気心知れた仲間による
室内楽的な小編成だからこのような自在な表現も可能なのだと思えてくる。
反復はこの楽章では完全履行。
強弱のみならず、溜めやテンポの伸縮もお手の物だ。

第2楽章は速め。弱音器つきで密やかに進む弦の雰囲気はなかなか。
反復は一部省略しているので完全リピート主義ではない。

第3楽章は明確にアクセントを置きながらゆっくり弾む。
楽しげでユーモラス。
トリオは一段とテンポを落とししっとり歌う。対比感がある。

終楽章にはアタッカで入るように編集されている。
前楽章の唐突な終結から一気に奔流に持っていく設計だ。
多分実演ではこのように演奏することが多いのではないか。
実に爽快なテンポだ。各楽器がその中で明滅する。
弦の刻み音も前向きだ。
音を割らんばかりの迫力の終結。またしてもファイにやられた。
好き嫌いは完全に分かれる演奏だが、
聴き通して楽しかったし、色々気付かされた。

9:57  6:16  3:45  5:57   計 25:55
演奏  醒S    録音 93点

コメント

すばらしい
なんとも実在感のある響きがすばらしいです。
「モダンオケで古楽器奏法」ですが、理屈抜きに美しい。
20世紀末に再創造されたモーツァルトですね。

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