クラシックCD聴き比べ ~ Classic CD Memos ~

クラシック音楽のCDを中心に演奏者への敬意を込めて、つたないメモを書いています。

シュミット 交響曲第4番 N・ヤルヴィ(96)

2013.01.08 (Tue)
ヤルヴィシュミット4
ネーメ・ヤルヴィ/デトロイト交響楽団(96、Chandos)は客観的な視座も持つ名演。
この曲は私小説的な内容を含むだけに気をつけないとべとべとになるが
この演奏は美しさを掬い上げることに成功している。

この曲を最初聴いたとき(メータ盤)、あまりに陰鬱なためシュミットの中では苦手だった。
ハ長調とあるが、もはやそれが信じられないほど調性は短調的に変転する。
しかし、それなりの地位に昇りつめた(1927年ウィーン芸術大学校長就任)男の
身に起こった悲劇(1932年)を契機に作曲されたことなどに思いを巡らせると
沁みるものがある。
作曲時は50代後半であるから、人生の酸いも甘いも経験したではず。
それでも心身共に折れそうなことはあるものだ。
自分を励ますために作曲された。
しかし、この曲が完成できるか常に不安を抱いていたというように
全編に吹っ切れない影は付きまとう。
1934年に完成され初演もされた。
こののち1938年にはオーストリアがナチスドイツに併合され翌年作曲家は亡くなった。
更に精神病棟にいた最初の妻はその3年後にナチの「断種法」のもとでガス処刑された。
諸々の出来事がこの曲の周辺を渦巻く。
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録音はデトロイトシンフォニーホールでのセッション。
響きが豊かで立体感もあるのでこの曲の夢幻的なところを上手く出している。

第1楽章は物寂しげで不安定なトランペットの独奏で始まる。
この主題は全曲を覆う。弦による第2主題も民族的でこれまた憂いを持つ。
不安で悲しくて癒されたい(第1主題)。
しかし救いの手もあまりにも儚くか細い(第2主題)。
この両方の主題が絡みながら展開する。しなだれかかる様な音が連綿と続く。
この今にも崩壊しそうな危なさがF・シュミットの魅力ではある。
冴えない陰鬱な気分はなぜなのか。
そうだ、あの出来事が今の気分を支配しているのだ。
あの出来事とは・・・。

第2楽章はチェロの独奏により導かれる。これまた、悲しみを含んだ切ない旋律。
あの出来事、自分の娘が子供を産んですぐに亡くなってしまったこと。
自分の妻は精神に変調を来たし、病院に入ったきり。
そんな中、希望の光だった娘。この子には幸せになってほしい。
しかし・・・。
自分の子供を抱くこともできずに逝ってしまった娘が不憫だ。
中盤からはタタタタンというリズムが頻繁に現れ葬送行進曲となる。

第3楽章は、ステップを踏むようなヴィヴァーチェ。
悲しみを振り払う無理した明るさだが屈折している。

終楽章はやりきれない思いが復活する。ホルンによる冒頭テーマが回帰。
25歳で最初の結婚。娘も生まれて幸せだった日々。
甘美なあの日が幻影のように蘇る。しかしそれは幻影でしかない。
最後に冒頭のトランペットが再び虚ろに戻り消える。

あまりにも演奏効果が期待できない作品だ。
こんな音楽に40分以上付き合わされるのはたまらないと思う人も沢山いるだろう。
この曲は、シュミットの代表作といわれるが一番最初に聴いていいとは思わない。
しかし、強がる男程、こんな曲に実は大いなる共感を抱くかもしれない。
私は、職人肌のヤルヴィ父がこの曲に共感しているのがわかる。

13:14  12:06  7:37  9:10   計 42:07
演奏  A+   録音 92点

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