クラシックCD聴き比べ ~ Classic CD Memos ~

クラシック音楽のCDを中心に演奏者への敬意を込めて、つたないメモを書いています。

マーラー 交響曲第10番(カーペンター版) リットン(01)

2011.07.22 (Fri)
リットンマラー10カーペンター
リットン/ダラス交響楽団(2001、DELOS)はカーペンター版。補筆という域を超えた新曲。
マーラーは決してこのような曲を作らなかっただろうと言う批判は当たらない。
カーペンターはマーラーの素材を使って自分の曲を作ったのだと考えればいい。
そうして出来た曲が心を動かせば満足だ。

録音はダラスのメイヤーソンセンターのMcDermottホール。
突き抜ける広々感はないが適度な大きさで10番には相応しい。

第1楽章は入念かつ抑制されたヴィオラの導入が印象的。
こうした表現部分は版の指示なのか指揮者の腕なのか?フレーズに独自の呼吸感がある。
その後もクック版では聴かれない表現や楽器法が徐々に展開される。
第1楽章は概ね完成された版として他の補筆版ではあまりいじらないが、
このカーペンター版は積極的だ。
第2楽章になると一層解き放たれる。クック版とは別の音楽になっている。
過去のマーラーの素材を散りばめた音楽はベリオの「シンフォニア」を彷彿させる。
第3楽章も初期の交響曲からパッチワークのように素材を持ってくる。
だからマーラー風だなと思うのだが、9番の交響曲の後にこれはないよな、とも思わせる。
第4楽章まで来るとカーペンター版の世界にも慣れてくる、
と同時に次々と浮いては消えるコラージュ音楽の必然性や方向性は見出し難い。
いろんな素材を使って何を目指すのか。
終楽章の冒頭の太鼓は葬送の行列で鳴らされていたそれだ。
音消しされくすんでいて、雰囲気がある。
不気味なパッセージがうごめく中フルート独奏が清らかに浮き上がる部分は素晴らしい。
映画音楽のようだ。
その後も多彩なパッセージが散りばめられる。
それゆえにクック版の凝縮された音楽が拡散に向かう面がある。
しかし、時々はっとする美しさが挿入されるのでこれは駄目とも思えない。
これを聴いていると、アルマとの情念や死と向き合う葛藤などという余計な要素に捉われず、
その場その場に流れる音楽の変転を楽しめばよいではないか、という気もする。


26:13  13:10  4:13  14:19  20:50   計 78:45
演奏  煌   録音 91点

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