クラシックCD聴き比べ ~ Classic CD Memos ~

クラシック音楽のCDを中心に演奏者への敬意を込めて、つたないメモを書いています。

指定期間 の記事一覧

ドヴォルザーク 交響曲第9番 ケーゲル(67)

2017.05.31 (Wed)
ケーゲル
ケーゲル/ライプチッヒ放送交響楽団(67、WEITBLICK)はなぜ?。
「新世界」の音盤は多数。どうしてこの67年収録盤が21世紀に発売されたのか?
よっぽど癖のある演奏なのだろうと思いつい買ってしまった。

ステレオ期なのにモノラル。オケはトチリまくりのライブ。さて演奏は。
第1楽章は特に変わったこともなくさらりと進む。金管は可哀そうなほどミスる。
彼の名誉のために別のテイクにできなかったのか?

第2楽章はたっぷりの情感でゆっくり流れる。モノラルのモノクロ音響のため
暗いと感じるかもしれないが、美しい流れを感じる。

第3楽章はふつう。

終楽章は緩急のギアチェンジ。
ただし、速いところでは風呂場音場がマイナスに。
最後の最後に何か起こるのかと淡い期待をしたが特になく、
金管頑張れと応援していた。

結論的には併録のヤナーチェクの「シンフォニエッタ」を引き立てることになった。
ということで謎は解消されないまま。

録音はライプツィヒ、コングレスハレでのライヴ録音。
Leipzig_Kongresshalle.jpg
石造りっぽい響きのあるホール。秋の収録で客席ノイズはある。
全奏でピーク感はある。ライブとはいえステレオで入れてほしかった。

 8:48  13:20  7:24  11:54   計 41:26
演奏   B   録音  78点

プーランク 2台のピアノのための協奏曲 タッキーノ&ランジュサン(83)

2017.05.30 (Tue)
タッキーノ2ピアノ
タッキーノ&ランジュサン(P)/プレートル/モンテ・カルロフィルハーモニー管弦楽団
(83、EMI)は惚れ惚れする美しさが零れる。

LP時代のEMIの「フランスのエスプリシリーズ」ではプレートルとタッキーノが活躍していたが、
この曲にはモノラルだが作曲者とフェヴリエという決定的な盤があったため
録音されていなかった。しかしデジタル期に入ってようやくこのコンビを軸とした盤が出た
(併録はクラヴサンの田園協奏曲)。

タッキーノ(1934~)はプーランクの唯一の弟子として有名で
師匠の殆どのピアノ曲を録音している。
プーランクとタッキーノ
プレートル(1924~2017)はプーランクが最も信頼を寄せ「大好き」と
公言していた指揮者だ。
また、57年の作曲者自演盤で指揮をしているデルヴォーの弟子でもある。
プーランクとプレートル
そした意味ではこの盤は正統を受け継ぐといってよい。

演奏は作曲者による57年盤とは異なったアプローチ。
軽さは同じなのだがとにかく滅法美しい。
作曲者のものは色んな要素をそのまま並置したような、敢えて言えば粗雑さを
纏いおもちゃ箱的だったが、こちらはもっとロマンティック。
といっても決してべとべとしないさらりとした薫るようなもの。

タッキーノのピアノは軽妙で濁らない。プレートルの指揮も颯爽としているのだが
ここぞというとき両者はテンポを落とし溜めを作り憂愁のムードを醸し出す。
これが何とも沁みる。
第1楽章の音が静まった時の2台のピアノの儚い歌は夢の世界。
パリの街の輪郭が茫洋としてくる。
monet.jpg
そしてそのまま第2楽章も幻影が続く。
終楽章も軽さの中に歌を盛り込み素敵。オケも充実。

録音はモンテ・カルロのザル・ガルニエでのデジタル・セッション。
Opéra-de-Monte-Carlo-Salle-Garnier
この場所がまた素晴らしい。
モナコ公国は世界で2番目に小さな独立国だが非常に豊か。
この豪華なオペラハウスは見とれるが響きも良好。
優雅な時間を味わうことができる音盤だ。

8:36  5:13  5:53   計 19:42
演奏   S   録音  90点

プロコフィエフ ピアノ協奏曲第2番 クライネフ(92)

2017.05.29 (Mon)
クライネフ23
クライネフ(p)/キタエンコ/フランクフルト放送交響楽団(92、TELDEC)は
大らかな力感。

クライネフ(1944~2011)はメロディアに1976~83でプロコフィエフの
ピアノ協奏曲全集を録音してるのでこれは2回目。
その時の指揮者もキタエンコだった(オケはモスクワフィル)。
クライネフとキタエンコ
(↑左:クライネフ 右:キタエンコ)

以前聴いた第1番は気概があったのだが、今回の第2番は穏やか・・・。
おかしいと思って再度ヴォリュームを上げて聴き直したら印象が変わった。
演奏の評価というのは難しい。
コンサートホールでも座る席で聞こえかたはかなり違う。
CDも再生装置・状態のみならずこちらの体調でも大きく印象が違ってくる。

クライネフのピアノは打鍵がしっかりしておりロシア系の逞しさ。
特に第1楽章後半のカデンツアでは迫ってくるものがある。
ただ、ピアニッシモでのニュアンスとなるとリやグティエレスに分がある。

第3楽章でも図太さがにじみ出る。

終楽章ではオケも底力を出し太い。プロコフィエフの屈折した情感の表出
という点では今一歩だが終結の両者の盛り上げは豪快。

このピアニストの人となりは知らないが、なんだか良い人だったのでは。
因みに奥さんはフィギュアスケートの著名なコーチ、タチアナ・タラソワとのこと。
日本では奥方の方が有名かと。
タラソワコーチ

録音はフランクフルト・ドルンブッシュ放送局でのセッション。
先述の通り音量を上げると目覚めるタイプ。
テルデックは一聴では地味なので要注意録音が多い。
帯域も欲張っていないようだが大太鼓も揺るがせで入る。

11:31  2:34  6:42  10:57   計 31:44
演奏   A   録音  93点

プロコフィエフ ピアノ協奏曲第2番 レーゼル(69)

2017.05.28 (Sun)
レーゼル協奏曲集
レーゼル(p)/ボンガルツ/ライプチッヒ放送交響楽団(69、DS)はほの暗い抒情。
抑えた中に意志がチラチラするところがよい。

レーゼル(1945~)は旧東ドイツのピアニスト。
当ブログのコメントにレーゼル盤を推されている方がいらしたので探してみたら
なんと10枚組のBOXにポツリ入っていた。
これは確かベートーヴェンとハイドンの協奏曲狙いで買ったと思うので
全く記憶になかった。レーゼルみたいに
プロコフィエフのピアノ協奏曲で第2番だけ
録音している人は他にいるだろうか?

東ドイツのピアニストというのはオルベルツ、ツェヒリンなど端正で真面目な印象で、
果たしてプロコフィエフは合うのだろうか?
調べるとレーゼルはドレスデン生まれだが、モスクワ音楽院で学び
レフ・オボーリンに師事し、66年のチャイコフスキーコンクールで6位入賞とある。
なるほどソ連・ロシアものにも強いわけだ。
この録音は20代前半のレーゼルの記録だ。
Rosel-Peter.jpg

さて演奏だがこう書きながらもロシア的な濃厚さとか迫力とはやはり違う。
トラーゼのようなドロドロ感は無く表面のクールさを一貫させている。

第1楽章はヴェールをかぶったオケに硬質なピアノが入るところなど
実に雰囲気がある。カデンツァに入ってからも叩きつけるようなことは無く
骨太に進む。ただ、冒頭からは明らかに主人公のピアノが変容している。
なんだか既に大家的だ。

第2楽章のヴィヴァーチェはオケもピアノも抑制をかけながら突っ走る。
ある意味彼らの方向性を感じる。

第3楽章は極端な表情はなくかっちり。

終楽章は快速。
保有盤最短時間なのは極端な緩急をとらずスラスラ行くから。
だからこそ時々起る爆発が意味を持つ。
なお、ボンガルツのプロコフィエフも珍しいと思うが予想以上の好演。

ご推薦いただいたおかげで良い演奏が聴けました。深謝。

録音はライプツィヒ、フェアゼーヌング教会でのセッション。
ライプツィヒ、フェアゼーヌング教会
教会らしい綺麗な響きを伴うシルキートーンが美しい。
ピアノもキラキラ録れておりドイツ・シャルプラッテンの良さを感じる。
但し、ピアノのグリュッサンドやフォルティッシモの全奏では
j時代を感じテープ収録の飽和感は否めない。

11:18  2:30  7:04  10:37   計 31:29
演奏   A+    録音  86点

プーランク 2台のピアノのための協奏曲 作曲者自身&フェヴリエ(57)

2017.05.27 (Sat)
class_poulenc_dowel.jpg
プーランク&フェヴァリエ(p)/デルヴォー/パリ音楽院管弦楽団(57、EMI)は
なるほどこういうことかと思う。

プーランク(1899~1963)は生粋のパリジャン。
彼の音楽はフランス的というよりパリ的と思う。
石畳を行き交うガタガタ車、到る所にあるチョコレート屋の甘い香り、
路地裏の馬具出身のブランドの慇懃無礼な店員、朝市の色んな人種の匂い。
僅かな個人的なパリ体験でもこの人の音楽を聴くと蘇る。

この曲は1932年作曲者と友人であるフェヴリエのピアノにより
ヴェネチア音楽祭で初演された。
プーランク&フェヴリエ
その時プーランクは「私は子供のころからクープランとカフェの音楽を
区別してませんでした。」と書いている。

雑多な要素(前年のパリ万博で聞いたガムランまで)を入れ込み、
でも下品にならず仕上げる。
純粋なクラシックファンからすると非統一なプーランクの音楽は
安心して聴けないので敬遠されるかもしれない。
しかし第2楽章の甘美さとひっそり忍び込む憂鬱には思わず寄せられる。

初演ピアニスト二人と往時のパリのオケの音に頷くしかない。

録音はsalle de la Mutualitéでのセッション。
モノラル末期の録音で帯域・広がりは無いが安定的。

7:43  5:28  5:27   計 18:38
演奏   巴  録音  75点

プーランク 2台のピアノのための協奏曲 ル・サージュ&ブラレイ(2003)

2017.05.26 (Fri)
ル・サージュpcon
ル・サージュ&ブラレイ(p)/ドネイヴ/リエージュ・フィル(2003、RCA)は
猫の目的刺激。コロコロ変わる。

この演奏の主導はプーランクに熱心な第一ピアニストのル・サージュなのだろう。
Sage-Eric-05.jpg
テンポと音の強弱の落差を大きくつけて表現意欲が旺盛。
とはいえそれが過度に陥ることなく軽妙さを持つ。
プーランクの本質を衝いた演奏なのだと思う。

第1楽章の緩急のメリハリが強烈。冒頭の激しく突進するアクセントの強い表情と
優しい弱音に包まれた表情の目まぐるしい転換が「プーランク」を強調。

第2楽章は極めてロマンティック。
ポツリポツリ音を切るのではなくレガートが美しい。
フランス映画のBGMで使われたとしても不思議でない。

第3楽章の活動も軽さを伴い雰囲気がある。
短い時間の中で変転する表情が楽しめる。

録音はベルギー、リエージュのザル・フィルハモニークでのセッション。
リエージュ
ヨーロッパは雰囲気のある素晴らしいホールがあちこちにあるものだ。
写真で見る限り豪奢な装飾も伴った大きな空間を感じさせる。
抜けの良い音、量感とともに繊細な空気感がよい。
2台のピアノは中央よりで極端に左右に置かれないので
第1、第2ピアノの掛け合いというより四手による華麗さを追求。

8:06  5:30  5:37   計 19:13
演奏   A+   録音  94点

プーランク 2台のピアノのための協奏曲 ゴールド&フィッディール(61)

2017.05.25 (Thu)
プーランクバーンスタイン
ゴールド、フィッツデール(p)/バーンスタイン/ニューヨークフィル(61、SONY)は
プーランクの愉しさを教えてくれた。
LPではショスタコーヴィッチのピアノ協奏曲(プレヴィン)のB面に入っていた曲。
目当てはA面だったが初めて接したこの曲も気に入ってしまった。

当時はプーランクを殆ど聴いていなかった。
EMIの「フランスのエスプリ」シリーズもまだ出ていなかった。

なんとも変わった曲だ。聖と俗、夢と現実、天国と現生が同居。
とりとめないのだが、メロディはしっかり甘く入っているのでとっつきやすい。
そしてプーランクの曲はデジャヴがある。
この作曲家には消化されていないモーツァルトやショパンやジャズが
混在しているからではないか。

第1楽章フォルテで始まり軽やかに空を飛ぶ。
すぐにテケテケの下界の喧騒が紛れ込む。
それもすぐに止み、物憂い感傷の中に浮遊する。

第2楽章はモーツァルトで始まる。
すぐにそれがフランス仕立てに変容。お洒落な音楽。

終楽章はパリの街をスキップしながら早足で。
明るいだけでなく必ず憂いを含んだメロディが差し込む。
屈折した心模様が面白い。
ブレントヘイトン

録音はマンハッタンセンターでのセッション。
この時期のここでの録音は優秀なものが多いがこれもその一つ。
センスの良い軽やかで伸びやかで美しい音。
CDリマスターも成功し現役で通用する。
2台のピアノは左右にくっきり分かれ掛け合う。
明晰だが距離感も適切でトーンがシルキー。

8:01  5:15  5:36   計 18:52
演奏   S   録音  90点

プロコフィエフ ピアノ協奏曲第2番 ベロフ(74)

2017.05.24 (Wed)
マズア
ベロフ(p)/マズア/ライプチッヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団(74、EMI)は
ゴツゴツのぶつかり合い。ロマンティックさはそぎ落とす潔さ。
最近の繊細な演奏もよいが、この直截なパワーを聴くと青春の無邪気な一面を感じる。

ミッシェル・ベロフ(1950~)はフランスのピアニストで67年第1回オリヴィエ・メシアン国際
コンクールの覇者。当然フランスもの近代ものに適性があるが、
このプロコフィエフが出た時には驚いた。
(録音のせいもあるかもしれないが)美感より打感重視。
第1楽章の後半のピアノ独奏はバリバリ。
それゆえ荒々しく非洗練の激しさでフランス的といえず意外だった。

対するはマズア/LGOというがっちりドイツコンビ。
これはまさに彼らの響きでドスこい。
金管は昔のヴィヴラートはかかるし、ペッペッという吐き捨てるような音。
時に積極的な主張を見せる。
この相乗効果で全体は岩石のぶつかりのような音楽に。

録音はライプチッヒのVersöhnungskircheでのセッション。
Versoehnungskirche_Leipzig.jpg
教会なのだがそれらしい豊かさというよりも直接的の収録。
あまり美しいとは言えないし懐かしいフォルティッシモでのぎりぎり感もあり。
底力のある音。
同年録音のアシュケナージ(DECCA)盤とは方向性の違う音。

10:15  2:33  5:46  10:43   計 29:17
演奏   剛A    録音 85点

プロコフィエフ ピアノ協奏曲第2番 アシュケナージ(74)

2017.05.23 (Tue)
アシュケナージ全集
アシュケナージ(p)/プレヴィン/ロンドン交響楽団(74、DECCA)は品のある気迫。
よくアシュケナージ(1937~)は「中庸」といわれるが、際どい所で踏みとどまる天才。
外形的に目立つ作為は無いが、ピアノ表現の幅は非常に広大。
これが指揮活動になると、オケの介在で微妙な線が出なくなる。

このピアニスト若いころはもっと才気走っていたようだ。
1955年のショパン国際ピアノコンクールでハラシュヴィッツに次いで2位。
この2位に納得できなかった審査員のミケランジェリが降板したことで
かえって有名になった。1980年ポゴレリッチ事件に先立つ逸話。
一方、あの鬼才アファナシエフも国際コンクールの勝者。
彼は逆に昔は端正で真っ当な音楽づくりをしていたから勝てたらしい。

こうして考えてみると20世紀後半以降活躍しているピアニストは
良くも悪くもコンクール抜きでは語れない。
そうした事情は中村紘子著「チャイコフスキー・コンクール」に詳しい。

さて、この演奏、良い意味でソツがない。
平衡感に優れているが、打鍵は実にしっかり。深い音まで出している。
抒情と迫力を備える。
(↓1974年のアシュケナージ)
1974アシュケナージ
プレヴィンの伴奏もしっかり踏み込む。バランスは崩さない。
当時の両者の組み合わせはベスト。

録音はキングスウェイ・ホールでのセッション。
奥行き感と量感と適度な鮮度・分離。アナログ録音だが
現在でもしっかり通用。アシュケナージはDECCAでよかった。

12:08  2:36  6:22  11:26   計 32:32
演奏   A+   録音  92点

プロコフィエフ ピアノ協奏曲第2番 トラーゼ(95)

2017.05.22 (Mon)
トラーゼ全集
トラーゼ(p)/ゲルギエフ/マリンスキー劇場管弦楽団(95、philips)は思いが重い。
トラーゼ(1952~)はこの第2番に特別な感情移入。
全集の最初に録音しこの第2番だけライナーノートを書いている。
この曲は作曲時に親友の自殺や自筆譜の焼失による10年後の再記譜などの
経緯があったが、トラーゼは親友の件をこの曲の解釈の主軸にする。

第1楽章は苦悶の日々
第2楽章は現世から逃避
第3楽章は現実回帰と直面
終楽章は混乱と浄化

と要約できようか。
このストーリーで聴いてみると確かにそのように演奏している。
自殺する人間の心象風景であり、内奧の葛藤やドロドロが噴き出す。
このため全体のテンポはじっくりで重く覆いかぶさる。
モダニズムを前面に出したベロフ盤より7分も長い。

但し、この演奏は非常に迫り狂うものがあり第3楽章あたりまで
進むと息苦しさを覚える。
この曲の新解釈ともいえるが真剣に向き合うと疲れる。
ゲルギエフも完全にトラーゼを尊重している。

録音はフィンランドのミッケリ・コンサートホールでのセッション。
ここはヘルシンキの北西210キロの小さな町でサイマー湖岸にある。
mikkeili hall
ここでゲルギエフ音楽祭が毎年7月行われていて
本録音はそれに並行して95年から3年に亘り収録。
旧フィリップスらしい量感のある音で安定感がありバランスが良い。
それにしてこんな美しい場所でこのような重い演奏が収録されたとは。

13:19  2:17  7:31  12:57   計 36:04
演奏   鬱    録音  94点

プロコフィエフ ピアノ協奏曲第2番 ポストニコワ(83)

2017.05.21 (Sun)
prokofiev-piano-concertos-nos-2-3-postnikova.jpg
ボストニコワ(p)/ロジェストヴェンスキー/ソビエト国立文化省交響楽団
(83、Melodiya)は濃厚露西亜。

ヴィクトリア・ポストニコワ(1944~)はモスクワ音楽院在学中の65年にショパン国際
コンクールで入賞。67年に卒業後69年にロジェストヴェンスキー(1931~)結婚した。
本盤はその夫婦協演となる。
ポストニコワ
ピアノは悠然と太い音を出し、慌てず騒がず進む。
女流と侮ってはいけない。
微妙なタッチに拘泥せずゴジラのような迫力。

これでまたオケが噎せ返るような妖艶幽玄な響きを上げる。
プロコフィエフの「炎の天使」を聴いているよう。
時にグロテスクな金管も登場し雰囲気満点。

こうなると細身のモダニズムとか青春の青白さとは離れる。
全曲通して聴いていると太い道をトラックに揺られている風情。
周りは明らかに今は失われたロシアの風景だが
最初から最後まで一本道だった。
beautiful-russian.jpg

録音はモスクワ音楽院大ホールでのセッション。
現在の聴いているのはヴェネチアレーベルによるリマスター盤。
デジタルの恩恵で大太鼓を伴う全奏フォルテでも飽和することなく
聴けるのでこの大ホールのホールトーンを安心して味わえる。
低域の量感が十分だが高域のキラキラ感が薄いのは
そもそもの演奏に起因することかも。

12:39  2:42  7:35  12:01   計 34:57
演奏   露A   録音  91点

プロコフィエフ ピアノ協奏曲第2番 リ(2007)

2017.05.18 (Thu)
ユンディ・リプロコ2
リ(p)/小澤/ベルリンフィル(2007、DG)は思いの詰まった演奏。
ベルリン・フィルの定期演奏会デビューに24歳のピアニストは
この曲を引っ提げてきた。その時の記録が本盤。

『ラフマニノフの第3番もホロヴィッツが弾くまで真価が知られていませんでした。
プロコフィエフの第2番も誰かが率先して弾かなければだめだと思います。
だからレコード会社にもこの曲を録音したいと頼んだのです。』と若者は語る。

果たして、彼の言うとおり素晴らしい曲だと認識させる出来。
ユンディ・リ(李雲迪, 1982年~ )中国・重慶生まれのピアニスト。
『2000年、ワルシャワで開かれた第14回ショパン国際ピアノコンクールで、
スタニスラフ・ブーニン以来15年ぶりに第1位での優勝を果たし、
一躍注目を浴びる。ショパン・コンクールでの優勝は中国人では初である。』

2017直木賞&本屋大賞の『蜜蜂と遠雷』では最近のピアノコンクールでの
中国と韓国勢の台頭も描いている。この本の記述で中国のピアニストに
ついてなるほどと思う個所があったので引用させていただく(本書132頁)。
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『中国勢は大陸的というのかスコンと抜けた大きさがある。
(中略)羨ましいのは中国のコンテスタントから受けるゆるぎない自己肯定感である。
あれは日本人にはなかなか持ちえないものだ。(中略)
「自分らしさ」は様々な葛藤の上に手に入れるものであるのに
彼らは最初から当たり前のように持っているのは
中華思想と一党独裁制のせいかしらん、などと考えてしまう』

演奏は
第1楽章の出だしからピアノのタッチがニュアンスに富んでいる。
ピアニストがこの曲を愛し丁寧に丁寧に弾いている思いが伝わる。
ひんやり感よりもっとロマンティックな温かみ。
聴かせる。
決してテンポは遅くないのにいっぱい盛り込まれている。
展開部は殆どピアノ独奏というこの楽章で彼のピアノは千変万化。
最後は鬼気迫る。

第2楽章は保有盤最速でぶっ飛ばす。これには舌を巻く。

第3楽章も速いテンポで押し切る。
オケに重量感があるので飛び跳ねる音塊が威嚇的。

終楽章のプレストだが考え抜かれてる。一音として流して流していないと。
この速いテンポでよくぞここまで。
そしてやはり小澤率いるベルリンフィルが繊細かつ豪快。
ベルリンの聴衆にとっても馴染のない曲だが
終了後あっけにとられた一呼吸があってから盛大なブラヴォーが起こる。
ユンディ小澤
録音はベルリン・フィルハーモニーでのライブ。
最初からCD化が前提とされていたこともあり万全の音。
ちゃんと拍手まで収録されていて会場の雰囲気が伝わる。

11:12  2:17  5:41  11:03   計 30:13
演奏   S   録音  95点

プロコフィエフ ピアノ協奏曲第2番 ブラウニング(65)

2017.05.16 (Tue)
ブラウニング全集
ブラウニング(p)/ラインスドルフ/ボストン交響楽団(65、RCA)はリリシズム。

J・ブラウニング(1933~2003)はアメリカのピアニストでジュリアード音楽院卒。
Browning-John.jpg
1955年にニューヨーク市レーヴェントリット国際コンクールに優勝し活躍した。
彼はバッハやスカルラッティを優雅で洗練されたスタイルで演奏したが、
技巧派でも鳴らしプロコフィエフのピアノ協奏曲全集を世界で初めて完成させた。

この人は見た目も端正で1960年代は引っ張りダコのピアニストだったようだが、
その反動で一時第一線から消えた。
ここら辺は同世代のヴァン・クライバーン(1934~2013)と似ている。

近時本屋に山積みの『蜜蜂と遠雷』では
蜜蜂と遠雷
ジュリアード音楽院のマサル・C・レヴィ・アナトールという米国ピアニストが
主役の一人だがこのブラウニングとイメージが重なってしまう。
(小説の中ではマサルはこの曲ではなく第3番を本選で弾いている)
読みながらコンクール勝者にありがちな消費されて才能を枯渇してしまう
末路にならなければ・・・、と思った。
ピアノコンクールは、それまでもそこからも残酷な面がある。

演奏は今の視点で振り返るとノーブル。
不穏なモダニズムを強調するのでなくこの曲の抒情的な面を掬い取る。
これはラインスドルフとボストン響にも言えることで刺激的な音は無い。
この曲にこういう側面があったのかと聴き入る。

録音はボストン・シンフォニーホールでのセッション。
この優秀なホールでの音響はよい。非常にバランス良いウォームトーン。
ただ最強音ではテープが飽和しひずむのが残念。
昔のRCA録音は録音レヴェルを高くセッティングして生々しい音を
記録しているものが多いがテープ限界を超えてしまうことが時々起る。

10:50  2:36  6:51  11:13   計 31:30
演奏   A   録音  85点

プロコフィエフ ピアノ協奏曲第2番 キーシン(2008)

2017.05.15 (Mon)
キーシン23
キーシン(p)/アシュケナージ/フィルハーモニア管弦楽団(2008、EMI)は
鮮度が高い。ライブだからだろうかピアノの力感が強い。

モニター型ヘッドフォンで聴いていたら耳が痛くなった。
高域での容赦ない打鍵。
しかしぎりぎりのところで音を割らないのはさすがキーシン。
ただし終楽章まで聴いてくるとニュアンスがもっと欲しくなる。

この演奏で素晴らしいのはアシュケナージのバック。
自身がピアニストでプロコフィエフを愛するこの指揮者の共感がよく出ている。
有名曲を振ると割と優等生的な指揮をするアシュケナージ。
ここではキーシンを盛り立てつつも張り合うメリハリがある。

録音はロイヤル・フェスティバルホールでのライブとの記載。
ただし聴衆ノイズは聞き取れない。
ゲネプロ収録も合わせているのかもしれない。
(↓ゲネプロの様子がアップされているがしっかりマイクあり)
キーシン2008
従来のEMIとは質感の違う優秀録音。どうもエンジニアが違うらしい。
広がり感のあるホールトーンを入れながらオンマイクでピアノを収録。
低域の量感はほどほどながら問題なし。 

11:56  2:24  6:35   11:38  計 32:33
演奏   A+   録音 93点

プロコフィエフ ピアノ協奏曲第2番 グティエレス(90)

2017.05.13 (Sat)
CHAN8889.jpg
グティエレス/N・ヤルヴィ/ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団(90、CHANDOS)は
気迫と雰囲気の両立。

直木賞と本屋大賞のダブル受賞した恩田陸作の『蜜蜂と遠雷』。
蜜蜂と遠雷
この作品は読み方によって風間塵、栄伝亜夜、
マサル・カルロス・レヴィ・アナトール、高島明石それぞれが主役になる。

その一人、栄伝亜夜にとってみれば覚醒・復活の物語。
天才少女ピアニストだった彼女が13歳の時母親の急死のショックでコンサートを
演奏開始直前の舞台上でキャンセルしてしまう。
数年後20歳で芳ヶ江国際ピアノコンクールの本選でドタキャンした曲で再起。
その曲がなんとプロコフィエフのピアノ協奏曲第2番!
3番でなく2番。
そもそも13歳でこの曲をコンサートプログラムに載せること自体異常な感じだが
コンクールの本選の課題候補曲にこの曲があることも凄い。
モデルになった実際の浜松国際ピアノコンクールもそうなのかしら?
ショパン・リスト・グリークあたりだと陳腐ということなのか。
それにしても実演でも滅多にお目にかかれない曲。
この作家がどのような思いでこの曲を登場させたのか。
そして栄伝亜夜が一体どう演奏したのか想像が駆け巡った。

曲はプロコフィエフ(1891~1953)がまだサンクトペテルブルグ音楽院
在籍中の1913年の作曲の若書き。
第1番に続いて作曲されたが、両曲ともにプロコフィエフの天才の証。
第2番は親友の死と絡んでいるとも言われるが鬼気迫る音楽。
冒頭から最後までモダニズムを超えた怒り悲しみ絶望が覆う。
いかにも青春だ。
人生をまだ達観してみることなどできない嵐の「真っ最中」。

さてこの演奏、まずオラシオ・グティエレス(1948~)のピアノが素晴らしい。
Gutierrez.jpg
キューバ出身で1970年チャイコフスキー国際コンクールで銀メダルを受賞した
ヴィルトゥオーソ。この曲が得意らしい。テンシュテットとの共演ライブもある。
強靭で深い打鍵でまさに技巧派なのだが、一本調子にならないリリシズムも感じる。
この曲にうってつけ。

そして更に素晴らしいのが指揮とオケ。これはこの曲最高の出来ではないか。
ネーメ・ヤルヴィの鋭利とクールな抒情がそもそもプロコフィエフにぴったり。
そして全てを受け止めるコンセルトヘボウ。
とかくキーンなこの曲を深い音で包み幻想性を加味する。
全く力まないのに底からの迫力がある。

録音は本拠地コンセルトヘボウでのセッション。
下手すると散々録音しているフィリップスよりいい音ではないか。
この優秀なホールトーンを取り入れたうえで、
ピアノを粒だたせ、キラキラさせ、刺激と夢のある音にした。

10:56  2:26  6:38  10:53   計 30:53
演奏   S   録音 95点

ベートーヴェン 交響曲第7番 カイルベルト(59)

2017.05.11 (Thu)
カイルベルト全集
カイルベルト/ベルリンフィル(59、TELDEC)は渋く堅実。
Joseph Keilberth
カイルベルト(1908~68)は南西ドイツのカールスルーエ生まれの指揮者。
カラヤン(1908~89)と同年同月生まれながら早逝してしまったことに加え、
何より地味であったため知名度は高くない。
独墺もの中心としたレパートリーで、BPO、バンベルク、ハンブルグの3つの
オケを使いステレオ初期に9番以外のベートーヴェン交響曲を録音している
(当時はテレフンケン)。

この演奏はこの指揮者の人となりがわかるような演奏。
どの楽章も基本中庸なインテンポで何も付け加えない。
スコアとオケを信じそのまま鳴らした感。
カラヤン時代に入っていたこのベルリンフィルも武骨な響きだ。
オケを絞り上げるような音ではなくある意味おおらか。

第3楽章も踊るプレスト感なくどっしり。
終楽章も煽るようなことはなくひたすら強直に押し切る。
オケが優秀なだけに曲自身が持つ迫力を獲得している。
面白みやスリルがあるかといえばないが、基本書的充実。

録音は場所不明のセッション。
響きは多くなく教会系ではないような感じ。
テレフンケンの誇張のない録音で不自然さはないが、
年代を感じさせるくすみはある。

11:59  8:06  8:01  7:05   計 35:11
演奏   A   録音 85点

ベートーヴェン 交響曲第7番 バレンボイム(89)

2017.05.10 (Wed)
1989バレンボイムBPO
バレンボイム/ベルリンフィル(89、SONY)はベルリンの壁開放コンサート。
このライブの異様な熱気はその背景を抜きに理解できない。

戦後1949年に東西ドイツができ、1961年には突如ベルリンは壁により分断された。
時が経ち1989年東欧の民主化が進行する中、国内のガス抜きのため
東ドイツは旅行規制の緩和に動いた。
が、それは11月9日の夜に国境の開放として伝えられ、何が何だかわからないまま
検問ゲートが開かれ、事実上ベルリンの壁が崩壊した。
当時世界は詳細不明のまま壁によじ登りハンマーで壊す民衆の姿を映し出していた。
ベルリンの壁
しばらくしてそれは東ドイツのスポークスマンの誤解による発言が
引き起こした事態だと分かるが時すでに遅し。
結局東ドイツは一年もしないうちに崩壊し西ドイツに吸収される。

壁崩壊の二日半後、
ベルリンフィルは東ドイツ市民のための無料のコンサートを開催した。
その記録が本盤。
壁が実質崩壊したのは11月10日。その翌日にはこのコンサートが決定され
ラジオで実施が伝えられた。誰が言い出したのか知らないが、関係者が即決を
支持し全員猛烈なスピードで動いたはず。
その一人がバレンボイム。
たまたまベルリンでオペラ収録のため滞在していた時この事件が起こった。
そしてベートーヴェンのピアノ協奏曲第1番の弾き振りと交響曲第7番の指揮を
引き受けた。
カラヤンはこの年の7月に亡くなっていたのでベルリンの壁の崩壊を目の当たりに
することはできなかったが、本拠地フィルハーモニーを東西ドイツ統一後の
ベルリンの中心に置こうと尽力した。
東ドイツ市民はいつかは壁の向こうに見える西側のフィルハーモニーで
ベルリンフィルを聴いてみたいと思っていた。それがついに突如としてかなった。

さて演奏だが非常に堂々と始まる。テンポも急いてはいない。
しかしいちいち音が強い。これはカラヤンの時のように出せと言われて音を出すのでなく、
団員が興奮してつい強固になってしまったような感じだ。
バレンボイムはこの段階では冷静を保つ。

第2楽章も遅めのテンポだが盛り上がりの音の起立はすごい。

第3楽章あたりになるとティンパニが完全に仕切っている。

終楽章は指揮者が興奮状態。
映像で見る限りオーバーアクションで汗が噴き出しながら体がうねる。
オケはしっかりしたもので統制がとれているが流石に後半はタガが外れる。
バキバキと右から何の音かと思うとコントラバスの弓が思い切り胴に当たっている。
ティンパニが見事にしめる。
聴衆はいきなり総立ちで歓声を上げる。
Daniel-Barenboim-Konzert-12-November-19.jpg
1989-DCH-.jpg
録音は西ベルリン・フィルハーモニーでのライブ。
予想外に音がいいので驚く。
ドキュメンタリー映像で確認できるがマイクが何本も天井から吊ってあり
細部までしっかり録れている。
ホールトーンも両立しており、俄か仕立ての録音と思えないレベル。

12:06  9:04   7:39  7:36   計 36:25
演奏   歓   録音  90点

ベートーヴェン 交響曲第7番 ヨッフム(79)

2017.05.09 (Tue)
ヨッフム全集2
ヨッフム/ロンドン交響楽団(79、EMI)は実は面白い。楽しい。
ヨッフム(1902~87)3度目のベト全から。

ドレスデンとのブルックナーは結構好き勝手にいじっていたヨッフム。
このベートーヴェンは旧式規範的な演奏で安心して聴ける、と思っていた。
事実、ロンドン響から低重心の響きを引き出し、
45分という保有盤最長クラスの演奏時間でどっしり。

しかし今回改めて聴いてちょいちょいヨッフムがいじっていることが
判明し嬉しくなった。

第1楽章聴いていると真面目平凡と思っていると
隙を見てちょっぴり溜めを見せたり、数小節だけ駆け足にしたり。
それが楽曲の必然というほどのことは無く遊びのよう。
『気づきました?』とヨッフムのニヤリ。

第2楽章も10分に届きそうな遅いテンポで左右の弦の掛け合いを
これでもかというほどに見せつける。しつこいほど。
そしてここでも遊びを持ち込む。
真剣に聴いてないと分からない勝手気まま。

第3楽章もヨッフムのニヤリを探す、が見つからず。

第4楽章はアタッカで入るように編集されているが
それが必要なほど演奏は最初燃えたぎっていない。
シンフォニックで響きはとにかく立派。ご丁寧にリピートしてくれる。
しかし徐々にビールの酔いが回ってくる。
ラッパの響きがめちゃ明るい。大らかな解放感がある。
終結にかけて弦の悪戯、管の突出は聴きもの。
最後は祝祭気分。この指揮者のミュンヘン気質を感じた。
学者風の外見だが、ヨッフム爺さん侮れず。
Jochum-Eugen.jpg
録音はキングスウェイホールでのセッション。
アナログ完成期なのだが、潤いや奥行きはもう一歩。
全体のバランスはよい。

15:05  9:46  10:47  9:17   計 44:55
演奏   A   録音  89点

ベートーヴェン 交響曲第7番 クライバー(86)

2017.05.08 (Mon)
クライバー471986
クライバー/バイエルン国立歌劇場管弦楽団(86、MEMORIES)は
86年5月19日の来日時の感動的演奏。

公演最終日の様子はNHKで放映されている。
クライバーNHK
リズミックなところでも舞踏のような横に流れる指揮姿がかっこいい。
この指揮ぶりからなぜあんな音が出ているのか分からない。

82年盤より中間楽章のテンポは一層速いが基本的には同じ。
本来的には正規盤を聴くべきだろうがこちらも捨てがたい。
いつか正規盤としてでないものか。

とにかく来日時にこの演奏を聴けた人は幸せだ。羨ましい限り。
演奏終了時は聴衆は瞬間咆哮型反応だがやむなしか。
オケが去った後もクライバーは舞台に戻り
日本の聴衆とにこやかに握手していた姿は印象的。
キャンセル魔で演奏回数の少ないクライバーが5回も来日公演をし
そのほかプライベートでも何回か日本に来ていたという。
日本が好きだったのだろう。

ベルリン生まれ、ブエノス・アイレス育ちのクライバーのお墓は
スロヴェニアのKonjsicaという場所にある(奥様の出身地)。
クライバーの墓
60代からほんとの田舎で質素に暮らしていたクライバー。
若いころ相当やらかした人が全てを捨てて山にこもる。
そして妻の後を追うように亡くなった。

録音は人見記念講堂でのライブ。
NHKが放送したエアチェック音源かもしれない。
やや遠いマスで帯域も一定だが迫力は十分。

11:17  7:36  7:48  6:36   計 33:17
演奏   参    録音  84点

ベートーヴェン 交響曲第7番 クライバー(82)

2017.05.07 (Sun)
クライバー71982
クライバー/バイエルン国立歌劇場管弦楽団(82、ORFEO)は
怒涛の演奏。

このライブは親交のあったベームの「追悼演奏会」のもので
プログラムはベートーヴェンの第4番と第7番。
前者はLP時代に発売され吃驚仰天したのが懐かしい。
第4番という曲の像を全く変えた歴史的記録だった。

一方この第7番はなぜかずっと発売されず
クライバー(1930~2004年)の没後2006年に突如SACDで発売された。
DGのセッション録音とは似て非なる、というか違う雰囲気を持つ。

ウィーンフィルとは82年に第4番の練習中に意見が衝突し一時関係を
断ってしまう。やはりこのオケには譲れない一線というのがあるのだろう。
当盤を聴くとDG76年盤は指揮者:オケ=5:5だったと感じる。

一方こちらは略カルロスの世界。
第1楽章冒頭から緊張感が漂う。
(指揮者の登場時点で前曲の興奮醒めやらぬ聴衆から歓声が上がる)
DG盤のような綺麗な音ではないし演奏上の瑕疵はあるが凝縮力が凄い。
序奏の段階で既に音楽が畝っている。
音が強まる時に加速をかけ弱まると減速する。
主部に入ってからも力感が漲り結部での叩きつけるティンパニは強固。

第2楽章もアレグレットを守りながら圧が強い。
最後のピチカートは印象的。

第3楽章も張りのある音楽が続く。

終楽章はアタッカ。楽員が急いで楽譜をめくる音が聞こえ怒涛の進軍開始。
「バッカスの饗宴」という言葉をこれほど体現した演奏は無いだろう。
後半にかけての熱風はCDでも伝わる。
終結は「クライバー・アッチェレランド」ともいうべき独自の高揚を見せる。
そして演奏終了時の拍手が面白い。
あっけにとられた聴衆が徐々正気に戻り大喝采。

録音はミュンヘンの国立劇場での真性ライブ。
nationaltheater.jpg
アナログ収録でマイクの制約もあり、
セッションの明晰さは無いが空気感は伝わる。

11:28  8:09  8:23  6:26   計 34:26
演奏   S    録音  87点

ベートーヴェン 交響曲第7番 クライバー(76)

2017.05.06 (Sat)
クライバー71975
クライバー/ウィーンフィル(76、DG)は高次元のバランス。
名盤の誉れ高く、確かによい演奏だと思う。
管の使い方が巧く、アクセントが効いているし対向配置も効果的。

ただ、この盤よりも後年の迫真のライブ盤に魅力を感じる。
個人的好みでもあるが、聴衆のいないムジークフェラインは響き過ぎて、
せっかくのクライバーのリズムを削いでいると思う。

第1楽章は規範的演奏。テンポ・造形中庸でウィーンをよく鳴らす。
リズム感よくティンパニの打ち込みもこのオケでは珍しいほど決まる。

第2楽章はやや速めでもたれないテンポ。劇性の強調は無い。

第3楽章もうまくリズムに乗っている。

終楽章も勢いがあって素晴らしいが、ライブに比べると予定調和。

録音はムジークフェラインでのセッション。
75年11月と76年1月の編集。鮮度は今となっては少し落ち全体が鳴る。
帯域欲張らずまとまっているが当時の最良とは言えない。
なお、「THE ORIGINALS」盤では右からブーンというハム音が聞こえる。
別途保有のSACD盤もチェックせねば。

13:35  8:08  8:14  8:36   計 38:33
演奏   A   録音  88点

ベートーヴェン 交響曲第7番 ドゥダメル(2006)

2017.05.05 (Fri)
ドゥダメル57
ドゥダメル/シモン・ボルヴァル・ユース管弦楽団(2006、DG)は
このコンビ最初期の記録。ドゥダメル(1981~)はなんと当時25歳。
この歳でベートーヴェンを録音した指揮者はいるのだろうか?

彼らはその後ベートヴェンに注力し2016年に再録音、2017年には
交響曲全曲ツアーをウィーンやハンブルグで敢行している。
(近時の演奏時間は5分違うがこれはリピートの有無によるところが大)

この演奏でまず驚くのは、このオケの素晴らしさ。
南米で最も危険といわれるベネゼエラで、貧困や犯罪からの脱却を目指す
「エル・システマ」から生まれたこのユース・オケ。
日本の大学オケではかなわないだろう。
なにせ、この国の40万人の子供により200以上のユースオケができ、
その中から選りすぐられたメンバーによるオケだから。
(人数も多いため併録の「運命」とこの曲で構成員が相当違う)

ドゥダメルが
「音楽は私を救ってくれました。これは確かです。
私の周りにも犯罪や麻薬がはびこっていました。
音楽がそうしたことから、私を遠ざけてくれたんです」
と述べているが、当初の目的以上にこのシステムは音楽の質の面でも
極めて意義のあるものと思われる。
それにしてもギアナ高地のある国でこの演奏が鳴り響いているとは。
ギアナ高地

さてこの演奏、前半3つの楽章は意外なことにおっとりしたテンポ。
音はどちらかというと編成の割りには軽めだが、
昨今のピリオド的要素は微塵もない。
丹念に美しく音を紡ぐ。

しかし終楽章になると突如人が変わり脱兎のごとく。
スピードだけみるとカラヤンを抜く。
音価を切り詰めゴム製ボールが弾むようにポンポン行く。
あれよあれよという間に終わっている。

何か唐突感があるし、快速ならば迫力があって興奮させられる、
というわけでもないことが分かる。
音楽による感情の昂ぶりはテンポだけが要因でないという
至極当然のことを喚起させる。

録音はベネズエラ中央大学、アウラ・マグナ講堂でのセッション。
ベネズエラ中央大
ベネズエラ中央大学、アウラ・マグナ講堂
この大学都市は世界文化遺産になっているとのこと。
非常に大きなホールで音が盛大に拡散しそうな感じだが
録音はうまくやっている。
全体を捉え残響を適度に残し潤いを与えている。
音の凝縮性や明晰さはもう一歩だが美しく仕上げている。

11:29  8:43  9:42  6:16   計 36:10
演奏   A-   録音  91点

ベートーヴェン 交響曲第7番 ベーム(77)

2017.05.04 (Thu)
bohm1977bpo.jpg
ベーム/ベルリンフィル(77、METEOR)は重量物が剛毅に白熱する。
非正規盤なのでどうかと思うがベームがノッた時の凄さを味わえる。

これは1977年10月8日ベルリン芸術週間での記録。
ベーム(1894~1981)は70年以降専らウィーンフィルとの演奏、録音が主だが、
私はベルリンフィルもしくはロンドン響との演奏が好き。

このベートーヴェンもそう。
ウィーンフィルとのDG録音や日本での来日公演の記録などが出ているが
こちらの方がベームがストレートに出ている気がする。
ウィーンはベームを以ってしても思い通りにならないところがあったのではないか。
その点、機能的なオケはベームの要求を素直に受け入れている。

この演奏の特徴は
①超重量級で豪快堅固な中に芝居を打つこと
②終結にかけて問答無用な加速をしそのまま押し切る無茶すること。
これはベルリンフィル+ライブということで出来上がった。
真面目一徹なように見えて時にロマンや熱狂に陥る場面がありその意外性に
動かされる。鉄面皮なのに実は人間的であったりすることに気づくような。
Bohm-Karl-21[1975]
第1楽章始まってすぐ気づくのは同年のカラヤン/BPOの同曲の録音と
オケの音が違うこと。指揮者によってこうも違うのか。
カラヤンの演奏も迫力があるがそれは華やかさを纏う。
こちらは重心が一層下に落ち、テンポもどっしりしているので横綱のドスこい調。
軽やかさが無く固く堅い。古楽器群団の軽く俊敏な演奏と全く対極。
にもかかわらず惹きつけられるのはなぜか。
パンパンに膨らんだ風船のような危険な張りを感じるから。
そして弱音部の緊張感。表情は単調でなく緻密な設計がある。

第2楽章はどっしり表面上は淡々。しかし歯を食いしばるような音。

第3楽章はテンポのギアチェンジの落差が大きい。
速めのリズムで始まり、トリオ的な部分で物凄く遅くなりどんどん巨大化。
大芝居だ。

終楽章へはアタッカで入る。最初からエナジーが放射されている。
弦のど迫力。テンポがじりじり速くなり5分過ぎから聴いていて汗が出る。
土砂崩れに遭遇するような恐怖。クライバーより恐ろしい。
終結は頑固親父の癇癪で更に鞭が入る。
鍛えられたはずのベルリンの聴衆も間髪いれずに絶叫。

録音はフィルハーモニーでのライブ。大編成;巨大音場で豪快に響く。
放送音源と思われるのでヒスあるが、慣れれば聴ける。

12:41  9:02  8:16  6:59   計 36:58
演奏   (S)   録音  85点

ベートーヴェン 交響曲第4番 ポルセリン(2000)

2017.05.03 (Wed)
Beethoven34_ABC.jpg
ポルセリン/タスマニア交響楽団(2000、ABC)はしなやかな爽快感。
このコンビについては第8番で詳細を記したが全く侮れない。
指揮者ポルセリンの解釈は奇をてらうことは全くなく率直で推進力を持つ。
ベーレンライター版による少人数オケだがそれほどピリオド感はない。

そしてなんといっても特徴は「ピアノフォルテ」の導入。
これだけでゲテモノと決めつけてはいけない。
もちろんスコアにはそんな使用指定はないが19世紀中盤まで通奏低音が
使われた可能性があるという説に基づいている。
しかも、実際はそれほど目立つ使われ方でなく、よく聞くと聴こえる程度。

それよりもこの演奏が素晴らしい。
水しぶきを上げるような新鮮さと溌剌感。
テンポは全体的に速く保有盤最短の29分。
クライバーより終楽章は長いが第2楽章が速いのでトータルは短い。
全体が一様に速いためドラマティックな要素は少ないがきびきび感では最右翼。
小細工がないので気持ち良い。硬質なティンパニも見事。

録音はシドニー・シティ・リサイタルホールでのセッション。
ホールとしては大きくないが50人以下のオケでは十分。
ABCの録音陣のレベルは高く下手なメジャーよりもいい音。

10:14  7:26  5:14  6:11   計 29:05
演奏   A+   録音  94点

ベートーヴェン 交響曲第4番 ラトル(2002)

2017.05.02 (Tue)
ラトル46VPO
ラトル/ウィーンフィル(2002、EMI)は指揮者とオケの競争曲。
それぞれの個性が融合するのでなく部分部分で顔を出す。

ベーレンライター版+モダン楽器・奏法による演奏。
登場当時はそれなりに刺激的だったが現時点から振り返ると
20世紀の響きを確認する。
そうした中でラトルらしい才気でこのオケ引っ張る。
がオケも完全に与さない。今はウィーンフィル、今はラトル、
今はどちらでもない、と聞き分けながら流すと楽しめる。

第1楽章はラトルがウッウッと唸りを発して鼓舞するが
オケは案外落ち着いた音を出している。
もしこれがイギリスの機能的なオケならば
もっと尖鋭な音楽になっていたのではないだろうか。

第2楽章は美しいウィーンを堪能できる。
比較的おっとりしたテンポで田園的な世界。

第3楽章は新味を出そうと工夫が見える。

終楽章はウィーンの弦の美しさとラトルの意欲の相克。

録音はムジークフェラインでのライブ。
ただし、聴衆ノイズ・拍手はない。たっぷりした音場で大オーケストラを聴く。
ただし、分離がもう少しほしいのと弦がややキンキンするのは残念。

11:47  9:53  5:28  6:43   計  33:51
演奏   A   録音  90点

ベートーヴェン 交響曲第4番 P・ヤルヴィ(2005)

2017.05.01 (Mon)
pヤルヴィ47
P・ヤルヴィ/ドイツ・カンマーフィル(2005、RCA)は工夫も音もザクザク。
弦は6-6-6-4-3の小編成・対向配置。
トランペットとティンパニにはオリジナル楽器。
ノンヴィブラートをベースにしたピリオド奏法。音の強弱は強引なまでにつく。

P・ヤルヴィはとても器用な人で多様な演奏演出を行う。
このベートーヴェン全集はその中でも特に意欲的。
スコアを読み込み単にピリオドを取り入れましたというのを超えようとする。
なお、セッション収録の割にはアンサンブルはラフさを残すが、これも演出?

第1楽章の割とドスの効いた序奏から一気に走り出す。
この室内オケの弦は現代楽器だが流麗でなく少しささくれたった音をわざと出す。
聴きようによっては綺麗ではないが、この「谷間」の交響曲をアグレッシブに見せる。
左右の弦の掛け合いほか、ティンパニの細かな表情の変化など手が込んでいる。

第2楽章アダージョは急がず夜想曲的な雰囲気。
ただ、同じようなフレーズの繰り返しでも表情を変えてみせる。
あれ?と思わずスコアを見たくなる。

第3楽章は打撃音をしっかり両端で打ち出し中間部でおどける。

終楽章は目まぐるしい。スピードだけでなく各所で楽器がガチャガチャ鳴る。
思わずJ・シュトラウス「トリッチ・トラッチ・ポルカ」を想起。
ただ、何度も聴いていくと面白さ新鮮さがだんだん後退し、
それほど主張しないでもと思ったり。

録音はベルリン、ファンクハウス・スコアリング・ステージでのセッション。
響きは多くないがこの編成では適当。
明快なピックアップ。直接音主体で凝縮感ある音。

10:49  8:35  5:28  6:08   計 31:00
演奏   A   録音 93点
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