クラシックCD聴き比べ ~ Classic CD Memos ~

演奏者への敬意を込めて、つたないメモを書いています。

Bruckner Sym2 の記事一覧

ブルックナー 交響曲第2番 シュタイン(73)

2012.05.03 (Thu)
シュタインブル2
シュタイン/ウィーンフィル(73、DECCA)は素朴な表情を持つ。
青春の香りの爽やかさ。
この曲を何とか成熟させようという気はなくストレート。
よってこの曲のアラもそのまま。

録音はソフィエンザールで左右くっきり明快な録音。
残響は多くなく生々しい音。
同じ会場でも併録77年のオベロン序曲はもう少し音をミックスさせてくる。

第1楽章は速めのテンポで表情の隈取りはくっきり。
始まって2分、第二主題がチェロで歌われる部分の音色の艶はさすがにウィーン。
何かが始まるかもしれないというワクワク感に満ちた輝かしい音楽。
金管などはある種野卑な迫力をもつ。
第2楽章は甘酸っぱい音楽。重たくならず、洗練されず。
ここでもウィーンの弦が威力を発揮。
第3楽章は引き締まった音楽。ティンパニの強打も見事。
終楽章も率直にしっかりオケを鳴らしながら進む。
休止の後の瞑想性などはもう一つ雰囲気を出してもらいたいが
この演奏はそうした演出をほとんどしない。そうした点では一貫している。
初期の作品として粗削りなままのブルックナーを提示する。

ハース版
17:59  16:25  6:13  16:39   計 57:16
演奏  A   録音 90点

ブルックナー 交響曲第2番 バーテルノストロ(97)

2012.01.27 (Fri)
パーテルノストロブル全
バーテルノストロ/ヴュルッテンベルク・フィル(97、ANTES)は
1877年ノヴァーク版による演奏。
音は爽やかなのだが、しなだれかかるような演奏は
この曲の活きの良さにとってマイナスではないか?
しかし、この曲をブルックナー唯一の女性的な交響曲とするならば最右翼だ。

録音は17世紀に建てられたドイツ最大のバロック式ヴァインガルテン・バジリカでの
ライブとのことで大残響。人工的に付加したものではない。
この全集を聴くときはこの残響を覚悟しなければならない。

第1楽章はこの響きを計算しながらゆっくり進められる。
ブルックナー休止も音の減衰を待つのでたっぷり。
これだけ響くと縦の線をあわせるのが大変そう。時々アレレ?と思うことも。
なお、11:53で第1主題が回帰して来たところで突如トロンボーンが
静寂を割って入り込んでくるのは驚くべき効果。
ホルンはかなりトチリまくっている。
第2楽章は広大な空間に逍遥する音楽が美しい。この演奏の白眉。
第3楽章は期せずしてユーモラス。アンサンブルが合わず可愛そう。
終楽章なども詰めの甘い音楽だがゆったりとした気持ちで聴けばよい。
こうなると同じライブでびしっとした演奏を成し遂げたスクロバチェフスキーは
偉大だと感じさせる。
が、人口11万人にも満たない田舎町でブルックナーのこの曲が地元オケで
演奏されていることはそれはそれで驚きだ。

1877版
18:37  14:50  7:08  17:26   計 58:01
演奏  B+   録音 響90点

ブルックナー 交響曲第2番 スクロバチェフスキー(99)

2012.01.26 (Thu)
スクロバブル2
スクロバチェフスキー/ザールブリュッケン放送交響楽団(99、ARTENOVA)は
この曲の最高の演奏。特に第2楽章の美しさは特筆もの。
考えてみればブルックナーはこの2番を1872年に作曲してから5年の間に5番まで
辿り着いている。コンパクトながらよく聴くと第1番の単純さとは違う世界がある。
この演奏はそんな発見もさせてくれる。

録音は殆どノイズのないライブ。音場が広くこのシリーズ共通の透明感ある
爽やかなもの。この曲にフィットしている。

第1楽章から速めのテンポ、軽やかな音響で青春の息吹を感じさせる。
第2楽章はシルクのような弦が美しい。保有盤最長の時間をかけてこの楽章を奏でる。
ブルックナー休止の意味も感じさせる。
これは後期の深淵を彷徨うような音楽とはまた違う、夢見る憧れに満ちた音楽だ。
第3楽章に入ると目覚めて動感が素晴らしい。しかしパンチがあるのに野卑でない。
弦の切ない表情がいい。終結は熱い。
終楽章は古典的な佇まいを見せながら音を自在に動かす。しかしそれがとても自然。
弦が弾力性を帯びて歌う。清清しい勢いで曲は閉じられる。
すぐ後に書かれる第3番以降の交響曲に比べれば確かに軽量級だが、
この演奏はこの曲の特徴を最大限に発揮させた独自のものだ。

ハース版
17:32  18:16  6:13  17:00   計 59:01
演奏  S   録音 91点

ブルックナー 交響曲第2番(1873版) アイヒホルン(91) 

2012.01.25 (Wed)
アイヒホルン2&2
アイヒホルン/リンツ・ブルックナー管弦楽団(91、CAMERATA)の20CM-196は
キャラガン校訂による1873年版=初稿の改訂版の演奏。
演奏は変に手を加えておらず好感の持てる出来。

録音はリンツ・ブルックナーハウスでのセッションで1872年版と同時に録音。
響きは多くなく近接でもなく質朴素直な音。

第1楽章は一定の動感を持ちながら実直な音楽。
楽譜の違いはあろうが72年版と同じ演奏方針。
この版も全休止を多用し一息ついて次に音楽が転換するが
かなりあっちこっちに寄り道する。
第2楽章はこの版からアダージョがここに来る。
(ノヴァーク版ではアンダンテ表記)ホルンをはじめとする金管の洗練されない
響きが角笛の木霊のよう。この楽章ではブルックナーとして珍しいヴァイオリンソロが
長々と聴けるが、これは宮廷歌劇場指揮者でブルックナーと親交のあった
ヘルベックのアイデアだという。これはこれで新鮮。
ただ、終結部の高域ホルンが演奏上の問題からクラリネットに置き換わったのは寂しい。
第3楽章は反復が省略されたので少しすっきり。
終楽章は72年版をややカットしたり、楽器の当てはめが変わっていたり。
特に終結のトロンボーン追加は豪壮な迫力を生んでいる。

全体として誠実な演奏の域を超えないが、とにもかくにも、スコアを研究して
このような2枚組みのCDをよく作ってくれたものだ。
私はやはり1877年に基づくノヴァークが良いと思うが敬意は表したい。
よほどの物好きでない限りこのようなセットを手にする必要もないと思うが、
詳細な解説とともに聴いていくと
第2交響曲に愛着を持つきっかけになるのではないだろうか?

1873版
19:33  15:50  6:43  19:28   計 61:34
演奏  A  録音 90点

ブルックナー 交響曲第2番(1872版) アイヒホルン(91)

2012.01.24 (Tue)
アイヒホルン2&2
アイヒホルン/リンツ・ブルックナー管弦楽団(91、CAMERATA)20CM-195は
キャラガン校訂の1872版の初録音盤。このあとティントナーが録れている。

第2番は概ね以下の版に分けられる。
1872年版 = 初稿
1873年版 = 1年後の初演を前提に改訂された初稿第2版
1876年版 = 交響曲第5番作曲後に2回目の演奏のための改訂
1877年版 = 包括的な改訂でいわゆる第2稿
ノヴァーク版はこの第2稿に準拠、ハースはこれに初稿も加味している。
外形的な大きな違いは1872版はスケルツォが第2楽章に来ていること。
個人的にはスケルツォとフィナーレのつながりが良いので、
この点は後年のほうが良いと思う。

演奏自体はスコアを過不足なく再現しているが、演奏者自身の響きの個性もあり素朴。
ブルックナーのイメージに確かにあっている。

録音はリンツ・ブルックナーハウスでのセッション。残響はあるが少なめ。
それが素朴な印象を助長。

第1楽章は楽譜を忠実に再現。ブルックナー休止も頻繁に登場。
安定的なテンポで時には長閑さを漂わせる。
第2楽章はスケルツォだがパンチのある前後を純朴なトリオが来る。
低弦の動きがユーモラス。1872年版は73年以降の版に比べ反復が多い。
第3楽章となるアダージョ。弦の左右のかけ合い効果も忠実に再現。
金管は図太い音を出す。
終楽章は洗練された響きではないしアンサンブルもやや乱れを感じさせる。
なお、この版は805小節と73年版の750小節、77年版の613小節に比べ長い。
聴いていると耳慣れないパッセージが出てくる。
しかしどこかを当てもなく散策しているような楽曲に聴こえ
必然性が劣るように思えるのは第2稿に慣れ親しんだせいかもしれない。
いや、やはり冗長さは免れない。終わりそうで終わらない。無駄なフレーズが多い。
当時のウィーンフィルの楽員がブルックナーの休止と転換だらけのこの曲断ったのは
やむを得ないし、セクハラ事件まで起こしていたこの作曲者を「完璧な阿呆」と
呼んでいたのは・・・なんとなく頷ける。
そんなことをも真っ正直に晒してくれる演奏だ。

初稿1872版
19:40  10:59  15:42  20:55   計 67:16
演奏  A   録音 90点
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