クラシックCD聴き比べ ~ Classic CD Memos ~

演奏者への敬意を込めて、つたないメモを書いています。

Bruckner Sym1 の記事一覧

ブルックナー 交響曲第1番 ティントナー(98)

2016.11.29 (Tue)
ティントナー1
ティントナー/ロイヤル・スコティッシュ・ナショナル管弦楽団(98、NAXOS)は青く蒼い。
大きな音楽だが重くならない爽やかさ。そして終楽章は破天荒な音楽。
軽快なスクロヴァチェフスキーに比べると10分近く長いが、
これはこれで儚い抒情性を感じるロマンティックな演奏で素敵だ。

ゲオルク・ティントナー(1917~99)はウィーン生まれの指揮者。
ティントナー
ユダヤ系であったために独墺を逃れて彷徨う人生。
この指揮者はブルックナー交響曲全集(1995~98)の最後を飾るこの曲の録音と
ライナーノートの執筆を完了したら、マンションから飛び降りてしまう。
94年から発症していた癌との戦いを自ら断ち切った。

そんな彼が遺書のように残したブルックナーは現生の苦悩を感じさせない清冽さ。
そして作曲家でもあったティントナーは、楽譜に拘りこの第1番も
「改訂していないリンツ稿」という世界初録音のスコアを用いている。
通常の「リンツ稿」は1868年の初演後1877年に出版された譜を使っているが、
これは既に改訂の手が入れられていた。
本盤におけるスコアは1868年作曲者自身の手で初演されたもの(=1866年完成)を
ウィリアム・キャラガンによって復元した版を使っているとのこと。
ティントナー曰く、これが初演時に聴衆が聴いた音楽、真性リンツ版だと。
その違いは終楽章に大きい。

第1楽章は力まないヒロイックな行進の後にリリカルな第二主題が
登場するがこの澄み切った空気感は北欧的。
これはティントナーの特質であるとともにスコッチオケのテイスト。
ワーグナーのモティーフを使いながらもひんやり感。

第2楽章も室内楽的だが、ティントナーはここにシューベルトを感じると
記している。確かにこの連綿と続く優しいメロディはそうかもしれない。
ティントナーは夢幻的なテンポをとる。対向配置の弦が美しい。

第3楽章のスケルツォはほどほどの激しさ。

終楽章は通常の改訂リンツ版と初演リンツ版ではオーケストレーションや
パッセージのいくつかが異なっている。
今まで聴きなれない「オヤッ」と思うような場面が確かにある。
はっきりいってパッチワークのように音楽が飛び出す感がある。

ヴァントは第1番においてウィーン稿を採用する理由を
「リンツ稿はブルックナーが精神的危機の状態で書かれた音楽だから」
とする。しかし、この「初演リンツ稿」は通常の「リンツ稿」以上に八方破れ
そのものである。それをそのまま愛情を持って再現したのがこの演奏だ。
でも面白い。演奏も奇抜さを売り物にしない真面目なもの。

録音はグラスゴーのヘンリーウッド・ホールでのセッション。
henry-wood-hall_20161127193122115.jpg
高い天井を持つこのホールでスケール感のある音。
透明感もあり柔らかい響きが伸びてゆく。独墺系のどっしり感とはまた違う。

リンツ稿(1866版)
14:33  15:19  9:05  15:48   計 54:45
演奏   抒A+    録音  93点

ブルックナー 交響曲第1番 シャイー(87)

2016.11.28 (Mon)
シャイー1
シャイー/ベルリン放送交響楽団(87、DECCA)はウィーン稿(1890/91年)による演奏。
同じ稿のギーレンの方が後期ブルックナーサウンドだが、こちらはもっと腰高スリム。
この録音時はシャイーがブルックナーに取り組み始めたころ。
因習に染まらぬ明快な鳴らし方。同じウィーン稿でも印象はかなり違う。
響きとしてはむしろ若いリンツ稿(1865/66年)にフィットしている感がある。

第1楽章は中庸のテンポだが金管などしっかり鳴らし華やかさ、若さを感じさせる。

第2楽章も弦の切々とした歌を強調。
ギーレンが慌てず騒がず重厚なまま押し切ってしまうのに対し、
シャイーはもっと色々な物を見せようとする。これが新鮮でもあり違和感でもある。

第3楽章も若々しい。スケルツォとトリオの対比がくっきり浮かび上がる。

終楽章はリンツ稿と一番違いを見せる。
小節数は両稿略変わらないが、
ウィーン稿はテンポの指定が微細にわたり、概ね遅くなる。
これはブルックナーが雄大さを演出する方向に舵を切ったのだと思う
確かにリンツ稿は「運動的に、火のように」という指定がそのまま感じられるが
ウィーン稿はギアチェンジが頻繁で若さにまかせて
断崖絶壁から飛び降りるという雰囲気は薄い。

シャイーの演奏も18分超と通常のリンツ稿の演奏(12~15分)と比べると長い。
(もっとも、マゼール盤のようにリンツ稿を使っていても18分超の演奏で
堂々としたスケールを出してしまう演奏もあるが)。

そして聴きどころは終結。
じっくり力を溜めて壮大に噴出させるのがウィーン稿だが
シャイーはそのテンポの指定を守りながらハリのあるサウンド。
特に終結16分からぐっと沈み込み輝かしく突き上げる。
リンツ稿と全く違う終結を知らしめる。

なお、このベルリン放送交響楽団は旧東ドイツのそれではなく、
現在ベルリン・ドイツ交響楽団と改称している団体。

録音は旧西ベルリン・ダーレムのイエス・キリスト教会でのセッション。
つまりカラヤン・DGが60年代使っていた場所。
Jesus-Christus-Kirche Dahlem
Jesus-Christus-Kirche Dahlem1
DECCAの音はDGに比べると直接音主体で明快でかっちり。
低域の量感やムードが少ない。
同じ場所でもレーベルでかなり音が変わるものだ。

ウィーン稿
13:12  13:45  9:11  18:04   計 54:12
演奏   A    録音  91点

ブルックナー 交響曲第1番 ギーレン(2009)

2016.11.27 (Sun)
ギーレン全集
ギーレン/南西ドイツ放送交響楽団(2009、SWRMUSIC)は重量級のウィーン稿。
初期(リンツ稿1866年)ではなく後期(ウィーン稿1891年)の作品としての演奏。
そうして聴くと実に充実した響きに魅せられる。
初めてウィーン稿の真価を問う演奏が出たといえるのではないか。

この稿の使用はヴァント、ロジェストヴェンスキー、シャイー、飯森盤が
知られているが非常に少ない。
金子健志氏はリンツ稿に対して四半世紀後のウィーン稿について
『白黒フィルムで撮った作品をカラー映画としてリメイクしたようなもの』と評している。

楽器編成は2管のままで異ならないが金管・ティンパニの出番が増え
重厚さと華やかが増したのは事実。
曲想は3.4.8番ほどの大幅な改訂ではないが聴感上のサウンドが違う。

ウィーン稿は晩年に作曲家自身が正規に改訂したものなのに
演奏は現在でも殆どリンツ稿でなされる。
多分若書き(といっても40歳過ぎ)の第1番は線は細くとも一途な勢い
のままの方がよいと考える指揮者が多いのだろう。

さてこの演奏。後期の作品にふさわしい低重心の凄味ある音。
青く軽い印象を持っていた第1番が重量級の交響曲になっている。

第1楽章冒頭の進軍から分厚い。テンポは落ちつているが弛緩はしない。
前のめりに突っ込むことはない。それぞれのパーツを綺麗に聴かせてくれる。
ゴッツイ音ながら分解能が高いのは流石ギーレン。

第2楽章もダラダラではなく意志的。

第3楽章もどっしりドスコイ調。
アクセントは明確だがピラミッド音響なので全く軽くならない。

終楽章は「運動的に火の如く」という指定だが音響の押し寄せは横綱的。
テンポはシャイーほどころころ変わらず勢いを保つが、線は太いまま。
一気呵成に終わってしまうリンツ稿に対して、こちらは雄大な景色を見せる。
このスケール感はブルックナーサウンドの醍醐味(苦手な人はいるだろうが)。

ギーレン(1927~)は2014年に引退を表明したが、この演奏では気力が充実。
また、このオケもドイツらしい実にいい音を出している。

録音は1/25のフライブルク、コンツェルトハウス
Freiburg Konzerthaus
と1/29のグラン・カナリア、アウディトリオ『アルフレード・クラウス』
Auditorio Alfredo Kraus
auditorio_alfredo_kraus_.jpg
でのライブの合体編集。
時間は近接しているがこのように全く形状の異なるコンサート会場での演奏を
繋いだというのは珍しい。しかしその割に違和感がない。
ブルックナーらしいスケールと重厚さをしっかりとらえている。
弦や木管も非常に美しい。ライブらしさのあるレベルの高い音。

13:53  12:59  9:20  15:45   計 51:57
演奏   A+    録音  94点

<参考:ブルックナー作曲時期年表>(クリックで拡大)
リンツ稿とウィーン稿がいかに離れているかが分かる。
ブルックナー年表

ブルックナー 交響曲第1番 スクロヴァチェフスキー(95)

2012.01.11 (Wed)
スクロヴァ1
スクロヴァチェフスキー/ザールブリュウケン放送交響楽団(95、ARTENOVA)は
この交響曲を楽しく聴かせる。
初期の交響曲で深みに乏しく人気はないだろうがこのような演奏で聴ければ一気呵成。
充分面白い曲だ、と感じる。

録音はやや軽いが爽やかな音はこの曲に合っている。響きの具合もちょうどいい。

第1楽章を聴き始めると速めのテンポの運びが気持ちいい。
迫力もあり楽器のバランスも抜群で感心してしまう。
第2楽章はワンフレーズごとに気持ちが込められる。
前楽章の勢いと一転した叙情的な表現。弦のヴィヴラートも要因のひとつ。
第3楽章躍動感あるアクセントが印象的。
このスクロヴァ御大のビート感はいいじゃん。
終楽章も運動性のが良い。
3:48辺りからの主題を吹奏しながらアッチェレランドかけていくのは
スポーツカーがGを感じさせながら容赦なく加速させるようなスリルに満ちる。
金管の抉りもあり、メリハリも最高。
でも暴力的な粗さはなく、どこかにさらりと吹く風を感じさせるのが良い。
聴き終わってすがすがしい気分になれた。

11:41  12:23  8:33  13:13   計  45:50
演奏  A+   録音 91点

ブルックナー 交響曲第1番 ショルティ(95)

2011.02.25 (Fri)
ショルティ1
ショルティ/シカゴ交響楽団(95、DECCA)は79年からスタートしたショルティの
ブルックナー全集を完成させるために行われた録音(同年に0番最後)。
ショルティは97年に亡くなるので晩年83歳の演奏。
さすがにがなりたてることは無いが、演奏自体は老いてはいない。
録音はシカゴのオーケストラホールで以前のメディナテンプルに比べると
残響成分が少なく落ち着いた音。

第1楽章はインテンポで楽譜をストレートに再現。下手な芝居がないのは良いが、
あまりにも率直過ぎ秘めた感情に思いを致すことがない。
シカゴは整然として安定しているが音色的な魅力は今一つ。
第2楽章のアダージョも感情移入は無い。落ち着いたテンポでさらさら。
しかし、演奏においての振幅が少ないため特に弱奏部分の美しさに欠ける。
これはショルティの感性に通じないかもしれないが、
夕陽が沈む際のあの一瞬の煌めきが欲しい。
第3楽章はシカゴ響の能力が発揮されブラスが整然と放射。まあ、予定通り。
終楽章も第1楽章と同じ感想。

リンツ版
12:07  13:01  8:09  13:29   計 46:46
演奏  A-   録音 91点
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