クラシックCD聴き比べ ~ Classic CD Memos ~

クラシック音楽のCDを中心に演奏者への敬意を込めて、つたないメモを書いています。

Bruckner Sym9 の記事一覧

ブルックナー 交響曲第9番 マタチッチ(83)

2014.05.16 (Fri)
ブルックナーマタチッチ9VSO
マタチッチ/ウィーン交響楽団(83、amadeo)はCDで何度も聴くかと言われれば、?。
今となれば録音上のハンデに加えオケの精度、そして演奏自体の粗さが気になる。

録音はライブでオーストリア放送協会提供のアナログテープ音源。
よって、帯域はフラット、マス的録音で、やや遠い。ピークに限界が見え隠れ。
マイクセッティングの制約は感じる。聴衆吸音のため響きはデット目。
なお、テープに起因する音の欠落(ex③8:05)もある。

第1楽章どっしり進むというよりテンポに緩急が付けられる。
ゆえにやや軽い印象。音響的にも浅いため腹にこたえない。
心がつかまれないうちに終結をむかえる。溜めがあまりないし重量感がないうえに、
木管のピーひゃら音が聴こえ現代音楽っぽい。

第2楽章は指揮に慣れていないのか休止後の最初の音が置き行っていることも
あり根源的な推進力を獲得していない。

第3楽章は録音芸術のおかげで雰囲気のある多数の録音が出回っているが、
これはあくまでライブの記録としての音がする。
無論これが演奏会の音なのだがその場におらずCD媒体で聴くと
どうしても入り込めていないもどかしさ。
演奏自体でいえば弦のヴィブラートが美しくない。
表現は奇を衒わず、そっけないくらいの印象。
オケと渾然一体となり怒涛の進撃を見せたマタチッチの第5番との対比では
この第9番は必ずしもうまく行っていない。

24:21 10:10  24:48  計  59:19
演奏  B+   録音 85点

ブルックナー 交響曲第9番 ヴァント(79)

2014.05.15 (Thu)
ブルックナー9ヴァントケルン
ヴァント/ケルン放送交響楽団(79、RCA)は鋼の音で率直。
ヴァントの数種類あるこの曲の中でも筋肉質で好きな演奏。
ベルリンフィルのような上から目線の音ではない。

録音はシュトルベルガー・シュトラーセ・シュトゥディオ、ケルンでのセッション。
もとはハルモニア・ムンディのアナログ録音をデジタルリマスターしている。
聖堂で録音して残響を多くしてしまうとヴァントの音楽と合わなくなるがこれは違う。
デットとまで言わないが適度な響き。引き締まった音で厳しさを湛える。
底力を出すために輪郭がぼけない程度にBASSを補強してもよい。

第1楽章はありのままの音をありのまま出す。
ロマン的な膨らみを持たせるわけでなくクールな感触。男性的だが無神経ではない。
硬派だが無機質ではない。表向きの表情を変えず歯を食いしばって終結する。

第2楽章も虚仮脅しのない音。

第3楽章は冒頭から逞しい。彼岸の枯れた音ではない。
この楽章に意味を持たせることを期待すると肩透かし。
後年の演奏が26分前後なのだがこれは23分台。骨太なのだがスッキリした進行。
低弦をしっかり鳴らすので浮つかない。
意地張った頑固おやじの音塊で、ブラスの強奏はほとんどぶっきらぼう。
贅肉を削ぎ落しひたすら核心に切り込む。
「巨匠」になる前のこのヴァントのひたむきな音楽は荒いが胸を打つ。

24:00   10:26  23:40  計 58:06
演奏  A+   録音 90点

ブルックナー 交響曲第9番 チェリビダッケ(95)

2012.12.14 (Fri)
チェリ9
チェリビダッケ/ミュンヘンフィル(95,EMI)は巨大な演奏。
亡くなる1年前のこの時期テンポは例によって極端に遅い。
この流れにはまれるかどうか。

録音はガスタイクホールでライブだが、スケール感がある優秀録音。

第1楽章から大きな呼吸の中で音が明滅する。平均25分程度のこの楽章を32分半。
フレーズごとに音を押しだす。抑揚ははっきり。
指揮者が高齢でだれてしまっているわけではない。全休止ごとに場面が変転する。
今までのこの曲とはまるで違う世界。
しかし、多様な表情をつけることにより神秘さが減殺された。難しいものだ。
やはりこのテンポでは困難が付きまとうのだ。

第2楽章は突進性はなく落ち着き払う。
但し、この音楽はシンプルなだけにこのテンポでの繰り返しはやはり飽きる。

第3楽章も30分超え。この楽章は第1楽章のようないじくりがなく
ひたすら広大な音楽に浸ることができる。敢えて淡々としている。
フォルテッシモも粗くない。
ひょっとすると、第1楽章の表情の多様性はこの楽章の純粋さの前では
威力を失うことを証明させるためだったのかもしれない。

演奏終了後拍手は起こらない。
しばらくして一人が意を決して拍手、それにつられて徐々に盛り上がる。

32:26  13:47  30:37   計 76:50
演奏  広A   録音 92点

ブルックナー 交響曲第9番 ドュダメル(08)

2012.11.14 (Wed)
ドュダメルブルシベニ
ドュダメル/エーテボリ交響楽団(08、DG)はマッスル自我。
この指揮者はなんでブルックナーをやろうと思ったのだろう?しかも第9番。
きっと好きなのだろう。
私はそもそも、南米の若手指揮者が北欧のこのオケと組んだブルックナーに
気が進まなかった。
しかしニールセンなどといっしょくたに入ったBOXに入っていたのだから仕方がない。
しかし、聴いてみてただ流しているのではないことは十分伝わる。
それが好感につながる。

録音はエーテボリの本拠地コンサートホールでライブのためややデット。
鮮度は高いが音がむき出しでストレートになっているのは
ブルックナーとしてはややマイナスか。

第1楽章は切実な訴えかけをする人間的な音楽。
崇高さとか宇宙とかではなくもっと身近で熱い。
テンポは一般的で変ったことはないが、音楽を大きくつかんでグイッと歌う。
多分に荒削り。バーンスタインがニューヨークフィルと入れた盤を思い出した。
ブルックナーの本道の演奏からすれば異質なのだろうが、
それはそれで自分の感じた音楽をしている。
聴く側としては浸って酔うのではなく、生硬な音楽を突き付けられ向かい合う。

第2楽章もザクザクっとした感触。
非力なエーテボリを思い切り強奏させている。

終楽章も響きが生々しく弦が力強い。
やや筆圧が強すぎ美感を壊している感があるが、強く何かを言いたそう。
ただ、その何かがまとまっていないもどかしさも同時に感じる。
最後までその思いは残る。しかし、同時に真摯さも最後まで伝わる。

25:29  10:42  29:05   計65:16
演奏  筋   録音 91点

ブルックナー 交響曲第9番 ラトル(2012)

2012.10.03 (Wed)
ラトルブル9
ラトル/ベルリンフィル(2012、EMI)は補筆された第4楽章
「サマーレ、フィリップス、コールス、マッツーカ版(SPCM版)」を含む。
演奏は基本的に立派で正攻法。
ただ、個人的にはカラヤンもヴァントもこのオケをこの会場で鳴らすと
音が肥大化してしまう現象はここでも見られる。

問題の第4楽章フィナーレのこの版は一つの結論かもしれない。
ほかの演奏者でも聴いてみたい、というのが第一の感想。

録音はベルリンの本拠地フィルハーモニーでの3日間のコンサートから編集。
最新録音でマス重視の響き。但し、ピークで飽和感があるのと、
肥大化せず細部がもう少し見通せたらと思う。

第1楽章は量感たっぷりにこのオケを鳴らす。
テンポや表情は誠にまっとうで息づいている。
大きな流れに乗るが意志は充実している。
終結は泥んこ気味の音響が残念だが、どんどん恰幅を増して
エナジーを放出する様は迫るものがある。

第2楽章のスケルツォもこれぞベルリンという大音楽。
その渦巻く音響と気迫に圧倒される。巨大すぎるかもしれないが・・・。

第3楽章も気宇壮大だが彼岸の音楽でないのは、やはり第4楽章の存在が
そうさせるのか。阿修羅のように燃え上がるかと思うと
終結は比較的速めにあっさり。

第4楽章はベルリンがやったせいなのかこの版のオーケストレーションなのか
前楽章までと違和感のない太い響きが聴かれる。
また、巨大な神殿のような終結部は聴きものだ。

とはいえ、やはり楽想の不連続さはこの版でも隠しようがない。
私は補筆版をインバルで最初に聴いたときに
絶叫する不協和音に耳を塞ぎたくなった。
最初は編者が悪いのだと思っていた。
しかし、いろんな取り組みで聴いて行くうちに考え方が変わった。
そして、アーノンクールが「月から降ってきた隕石のような音楽」と
語ったのを聞いて目(耳)から鱗だった。
残された断片からはっきりわかるのは、ブルックナーは予定「非」調和な
挑戦をしようとしていこと。
それが生きていたとしても、成功したのかどうかはわからないが。
ただ、挑戦していたことは事実なのだ。
その試みに耳を塞いでしまい、第3楽章までで完成された音楽、
としてしまうのは作曲家の意志に背くことになる。

今後、3楽章だけで第9番を演奏することは難しくなったと、感じさせる1枚。
そうした価値ある力演盤を送り出したラトル自体の挑戦には拍手喝さい。
しかし、この肥大化した音響は残念ながら私の好みではなかった。

23:56  10:45  24:29  22:40   計 81:50
演奏  挑   録音 91点
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