クラシックCD聴き比べ ~ Classic CD Memos ~

クラシック音楽のCDを中心に演奏者への敬意を込めて、つたないメモを書いています。

Mahler Sym10 の記事一覧

マーラー 交響曲第10番アダージョ バーンスタイン(75)

2013.01.07 (Mon)
バーンスタイン10
バーンスタイン/ニューヨークフィル(75、SONY)はアダージョのみ。
当然クックなどの補筆作業は知っていたのだが、それを認めることはなかった。
作曲家バーンスタインの目で見てもそれは不満のあるレヴェルだろうし、
何よりもマーラー信奉者として他人の手の加わったマーラーは心情的にも
認められなかったのだろう。
演奏はそうした未完の作品として捉えていると思う。
現にこの録音はマーラー全集が完成した後に付加的に録音された。
私は、確かこの録音で初めてこの曲を聴いたと思うが何か失望したのを覚えている。
バーンスタインが何かよそよそしい。

録音はニューヨークの30番街スタジオでLPで出た時はえらく
デットな印象だったが、CD化リマスターでは聞きやすくなっている。
左右の分離が際立つのでセンターがやや薄い。
帯域はほどほどで強奏での弦は少し荒れる。

演奏はゆったりしたテンポであるが基本的には感情移入を避けて淡々とした風情。
カタストロフの部分でも多分もっと劇的にできたと思うがそうはしていない。
ニューヨークの合奏精度はいまいちのこともあり正直に言って寒々しいムードが漂う。

26:25
演奏  A-   録音 86点

マーラー 交響曲第10番(アダージョ) バーンスタイン(74)

2013.01.06 (Sun)
バーンスタイン8&10
バーンスタイン/ウィーンフィル(74,DG)はアダージョのみで
DGの三度目の全集に組み込まれているが、二度目のユニテル音源と同じもの。
このアダージョにバーンスタインは未完成作品として接していたと思うが、
その距離感がかえって灰汁を弱め、純粋な美しさをもたらした。

録音はウィーンソフィエンザールでのライブ録音。
アナログでヒスはあるが、広い音場で艶やかな弦の音色が再現される。

演奏は、アンダンテから始まり、ゆったり潤いのある弦とホールトーンが
退廃的なムードを醸し出す。
ニューヨークフィルとの次年の録音とはかなり印象が異なるのは、
録音条件とオケの差だろう。
自然体の中に熱い情感がこもっているのは、ライブということもあろう。
バーンスタインの唸りが時折聞え、そのたびに弦圧は微妙に強くなるが
美感は損なわないところがウィーンの自己抑制。
80年代に演奏していたらもっと没入型になったかもしれないが、
一定の客観性があって音楽に浸れる。
後期ロマン派に軸足を置きながらもその終焉を感じる音楽。
最後の弦のピチカートが、もう終わりですよ、と言っている。

25:57
演奏  A+  録音 88点

マーラー 交響曲第10番(アダージョ) マゼール(84)

2013.01.03 (Thu)
マゼール910
マゼール/ウィーンフィル(84、SONY)はアダージョのみだが、やはり素晴らしい。

録音はムジークフェライン大ホール。
たっぷりしたホールトーンを伴い艶やかに分厚く鳴る。
バーンスタイン/ニューヨークで初めて接した時には痩せこけた曲だと感じたが
それは録音のせいでもあった。

第1楽章のみだが、26分と時間をかける。変な小細工はなく、
フレーズごとに自然な膨らみを持たせ歌う。
なんといっても大事な弦が上品なヴィヴラートで美しく捉えられている。
マゼールの全集に共通した耽美的でデカダンの香りを漂わせる。
同じウィーンフィルでもハーディングも美しいがもう少しさっぱりしていた。
味付けの巧さではやはりマゼールはさすがだと思う。
18分からの絶叫も単なるフォルテシモでなく意味がある。
終結に向けても繊細な歌が続く。最後の調べの美しさは筆舌に尽くしがたい。
このコンビで、全曲版、いや第5楽章だけでも聴きたい。

26:16
演奏  A+   録音 92点

マーラー 交響曲第10番 ハーディング(07)

2013.01.02 (Wed)
ハーディング10
ハーディング/ウィーンフィル(07、DG)は最美。この曲で新たに現れた地平。
ウィーンフィルの初の全曲版とかクックの補筆版という特別感なく
美しい音楽に浸ることができる。ついに10番は、ここまで来た。

録音はムジークフェライン大ホールでのセッション。透明感を持った響きが満ちる。
凝縮した録音が多いこの曲で広い音場を持つ録音の登場。
また、低域のヴォリューム感も薄いといわれるオーケストレーションを補完する。

第1楽章ウィーンの弦が大きな空間に泳ぎだす。
美しい。ゆったりしたテンポで流麗に進む。
頽廃的なムードを突き破るクライマックスの絶叫の部分も音を切り立たせず
積み重ねていく。終結部は一層テンポが遅くなり意識をなくすほど耽美。

第2楽章は繊細な響きがきらきら舞う。粗雑な諧謔性を追求していない。
誇張がなく気負いがない。

第3楽章もしなやかさを失わない。

第4楽章もオケの充実が光る。雑多な素材も美しく溶け合う。
この曲に含まれる棘を少し丸くしたかも。最後の大太鼓は省略。

終楽章の大太鼓はクックの新しい版に従いffでなくsfに。
冒頭の低弦の持続音の深さに驚く。
もやもやとした中から浮かび上がる、フルート。そしてシルキーな弦の音。
これはホールトーンも武器。たいそうな時間をかけてじわじわ高揚する。
終結部は分厚い音で情熱と夢を奏でる。
死や苦痛の影のないおとぎの世界に入り込む。

ザンデルリンクの直裁な世界とはまた別の感動的な演奏だ。
録音時若干32歳のハーディングのセンスの良さが光る。脱帽。
レベルの高い多様な演奏が出てくることで、クック版もいよいよ胸を張れる。

25:50  11:08  4:01  11:59  25:02   計 78:00
演奏  S   録音 92点

マーラー 交響曲第10番 ラトル(99)

2013.01.01 (Tue)
ラトル10BPO
ラトル/ベルリンフィル(99、EMI)は表現意欲に溢れる。
相当読み込んでいる。その真摯さは認めざるを得ない。
問題は才気がそのまま表出している点だ。音楽は難しい。
旧録音よりはるかに彫の深い演奏で発見もあるが、
私にはそれがやや煩わしいと感じた。
最初にこの曲を聴くには千変万化の仕掛けがあるので面白く聴けるだろう。
この全曲版になじみの薄いベルリンの聴衆を意識したのかも。

録音は、ベルリンのフィルハーモニーでの2日間のライブから。
この時期の放送用音源的な自然な録音。これは良くも悪くも、という意味で。
ただ、この意欲的な演奏の録音としてはこれくらいで良かったかもしれない。

第1楽章の冒頭のヴィオラを聴いただけで20年前の旧録音と入念さが
違うのが分かる。遅いテンポで各パートに指示が行き渡る。
表情は振幅を繰り返し劇性が増している。
単純な遅い速いでなく手の入れ方が格段に多くなっている。
これはこの版を深く研究し何度も演奏してきたラトルの成果なのだろう。

第2楽章になってもラトルは手を抜かない。
ベルリンの卓越した合奏力を利用し積極果敢に仕掛ける。
旧盤のおっとりした演奏と気迫、キレが違う。
チンドンしないクック版を用いながらここまで多彩な表情を出した演奏はない。

第3楽章も全く同様なのだが、徐々に揺さぶりが激しすぎるのではないか
という気が擡げる。

第4楽章もラトルの唸りの中でさらに表現は多彩さを増す。
過去の作品の断片が飛び込んでくる様子が鮮烈に呈示される。
最後の大太鼓はおとなしいなり方。
旧盤の方がパンチがあったが、これは変化だ。

終楽章冒頭の太鼓は省略されているが、アタッカで入るので聴感上は
どちらでもよい。
抑制された音楽で進行する。音を抑え表情を抑える。
その演出は旧盤以上に意識的。
各主題の提示が終わるとまたもや意欲的な表現が続出。
終結に向かう10分は本当に真剣で感動的。

この演奏を聴くと、版の問題でいえば、クック版で十分であり、
付加的な音を配したほかの版は余計に感じる。

25:10  11:24  3:55  12:06  24:47   計 77:22
演奏  A   録音 90点
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