クラシックCD聴き比べ ~ Classic CD Memos ~

演奏者への敬意を込めて、つたないメモを書いています。

Bruckner Sym8 の記事一覧

ブルックナー 交響曲第8番 シャイー(99)

2012.01.16 (Mon)
シャイーブル8
シャイー/アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団(99、DECCA)は、
シャイーのブルックナー全集のトリを飾る。
録音時はヴァントや朝比奈などのブルックナー指揮者が注目を集めていた時代で
イタリアの指揮者のブルックナーはそれほど関心は無かっただろう。
しかし、この演奏は素晴らしい。
お酒でも最上級のものは、妙な個性がないのに味わいが深い。
印象に残る一瞬に賭けるのでなく、全体の音楽で心に響く。
この演奏はまさにそれだ。
84年の7番のときからシャイーのブルックナーの方向性の基本は変わっていないが、
さすがに15年の間に見事に熟成した。もちろんRCOの威力も絶大だ。

録音はヘボウの大ホール。マス重視ながら細部の融合が素晴らしい。
ホールトーンもいうことなし。

第1楽章はゆるりと始まる。穏やかで厚みがあり安心できる音楽がある。
棘や角がない豊かな響きが心地よい。
音楽の展開がとても自然でテンポは大河のように知らぬ間に変化。
第2楽章のスケルツォも浅薄な感じがない。
抑制された響きの中に大人の余裕、厚み。
第3楽章は冒頭の弦の通奏リズムのアクセントの付け方が非常に意味深。
単なるムード音楽でなく何か意識の奥底に響く。
各パーツの表情がとても念入りで美しい以上の痛切さを奏でる。
充実した音楽。凡庸で大雑把な指揮者ではとてもまねできない。
ぼやっと聴いていると通り過ぎる繊細さ。
終盤には意志的な思いを弦に語らせる場面も。
まろやかだが老成した枯れた音楽でない。
終楽章の冒頭は凝縮した厳しさというより、外に向かう拡がり感を持つ。
その後の音楽は絶叫しない語り口だが、じわじわ音楽は熱を帯びてくる。
テンポはそれとともに微妙に速められる。心的昂ぶりがテンポに映る。
終結は感動的。

シャイーはRCOを辞してからまた音楽が変貌を見せ始めているが、
この録音はRCO時代の一つの頂点だ。


16:05  14:59  25:29  22:06   計 78:39
演奏  A+   録音 92点

ブルックナー 交響曲第8番 ショルティ(66)

2012.01.13 (Fri)
ショルティブル8
ショルティ/ウィーンフィル(66、DECCA)は岩石のような演奏。
堅くごつごつ。人工物でなく自然物なのはオケの威力。
音楽はドラマティックに波打つ。
ブルックナーの再現としての妥当性はともかく、
指揮者が感じてやりたいようにやれた時代の産物。

録音はソフィエンザールでジョン・カルショウ&ゴードンパリーなので
あらかたサウンドは想像がつく。むき出しの近接音。
ピークでも詰まらない抜けと迫真性。残響は少なく左右にマルチ展開。

第1楽章いきなりかなり強引な引き回し。弦やオーボエは明らかに
この時代のウィーンの音。しかし音楽は野蛮ともいえる荒々しさを見せる。
テンポはじっくり溜めて襲い掛かる。
ガツンとした感触は猛烈な硬派。シカゴのような洗練された音でないので
ある意味こちらのほうが凄味があるといえる。
第2楽章もメリハリがありトランペットが強奏する。
録音が劇画調なのでやや安っぽい音楽になる。
アクセントにデリカシーがないのも気にかかるところ。
弦を歌わせるのだがフレーズの最後に強圧にするような音作りもある。
鄙びたウィーンの音との不思議なミスマッチ。
それが「ドイツの野人」を巧まずして表しているのかもしれない。
第3楽章はウィーンの面目躍如。
ガシッとした弦がしっかり歌う。メロウな感じではなく芯を持っている。
楽章後半の盛り上がりは容赦ない峻厳さを持つ。
終楽章は低弦のゴボッという音で進軍が始まる。
ウィーンのコントラバスは終始強固な響きを右側から繰り出す。
ドスが効いている。
この楽章のテンポは第1楽章同様溜めて攻撃を繰り返す。
最後も猛突進。

15:10  14:32  24:45  20:45   計  75:12
演奏  岩  録音 87点

ブルックナー 交響曲第8番 バレンボイム(94)

2012.01.05 (Thu)
バレンボイムブル8BPO
バレンボイム/ベルリンフィル(94、TELDEC)はまっとうなはずなのに
なぜか引っかからない。
第8番の交響曲ってこのような単調なものだったのだろうか?
オケも録音も万全なのに。その原因は??

録音はベルリンフィルハーモニでのライブ。
確かにライブらしいデット感と雰囲気がある。

第1楽章は低重心でテヌートを効かせて進行。
力感をこめて指揮者が唸っても浮き上がって空回りしない。
ややティンパニが遠いのが残念。
改めてこの楽章は救いのない序章だと感じる次第。
第2楽章もたれないテンポで動感を示す。
単調な楽章をストレートに再現しいじりまくっていない。
ベルリンの金管の威力が示される。
第3楽章はベルリンの分厚い弦がやや汚く鳴る。
どうも指揮者の棒にうまくついていっていない気がする。
清冽な音でないため寂寥感が出ておらず、フォルテも力ずくで押し込んだような響き。
後半の爆発も音量が大きいが必然性が見えない。
終楽章もなんとなく凄みがでない。
カラヤンやマゼールが同じオケを指揮した盤はそれがあった。
指揮者が熱演しているのはわかるが、それがオケに心情として伝達していない。
中味が空転。
ひょっとしたらバトンテクニックなのか?
オケが指揮を追うのに必死でそれ以上のことが出来ていないとか?
テンポはだれていないのは好感が持てる。
しかし縦が揃わないので第一音が手探りで音になる。
最後はテンポが加速しながらばっさり終わる。

ハース版
14:39  14:16  25:44  22:22   計 77:01
演奏  B+   録音 90点

ブルックナー 交響曲第8番 プレートル(08

2011.05.23 (Mon)
プレートルブル8
プレートル/ウィーン交響楽団(08,WEITBLICK)は絶賛された演奏。
プレートルは好きな指揮者だが、この演奏は私の好みには今一つ合致しなかった。
聴き終えて何故かしらと思った。
それはプレートルの演奏における自在な揺らぎが、この曲に不器用で無骨な男の演奏を
求める私にずれがあったのだ。

録音はムジークフェライン大ホールのライブでスケール感と量感を伴う自然な録音。
分離は明瞭ながら各楽器が目立つような録音ではない。

第1楽章は一定の運動性を持ち深刻にならない。
音楽が生き生きしているところがプレートルらしい。
第2楽章も同様。快活な前進性が心地よい。独自の歌謡性があって音楽に潤いがある。
従って彼のブルックナーは禁欲的でも宗教的でもない。人間の声がする。
トリオにおける震える表情など独自だ。
第3楽章は更に独自。情感がこもる。
この楽章は長くて相応の覚悟がないと眠くなってしまうのだが、豊かな表情を持った
この演奏では何かドラマを見るような感じ。
ただ、一方ではどうしようもないような寂寥感は薄れる。
終楽章もしなやか。剛直でぶっきらぼう、ではない。フレーズごとに伸縮する。
しかし、この柔軟性がこの曲に時々訪れる悲壮な思いを優しくしてしまっている気もする。
また、ある種のドラマ作りが口当たりをまろやかにしているが、
きりりと締まった緊迫感を薄めている。
演奏終了後は盛大な拍手。
CDという器で聴く客観性が災いしたのかもしれない。

14:58  14:47  27:24  22:41   計 79:50
演奏  A-   録音 92点

ブルックナー 交響曲第8番 メータ (89)

2007.06.25 (Mon)
メータ/イスラエルフィル(89)は意表をつく組み合わせのブルックナー。
「メータのブルックナーなど聴きに行くほうが悪い」という名言が
巷で蔓延っているため非常に期待した。
結論は不思議なブルックナー、である。
第一楽章からここぞというところでパンチがない。
音楽はゆったり進行する。音は丸く地下で何かがうごめくかのごとく。
メータの唸り声が聞こえるが音自体は録音のせいもあり今ひとつの生命感。
従ってなにか、もそもそした感じなのだ。要はそれが特色。
爽やかとか豪胆とか言うことでなくなんともつかみ所のないところが
この盤が話題にならない理由だろう。
スケルツォも奇妙な脱力感が支配している。
ここまで来るとたまたま気が抜けているのでなく確信犯的に行っている。
音は生気がなくヌペーとしている。
メータといえば若い頃のパンチとメリハリの音楽が懐かしいが
ここでは同一人物とは思えない演奏。
ティンパニも金管も奥に引っ込んでいる。
音のアクセントが非常に弱い。
アダージョものっさりもっさり。非常に遅い。
かといって美しいかといえばそんな感じでもなくよろめいている。
第4楽章もまるで迫力はない。録音が丸くのも大いに損をいている。
ティンパニの見せ所も引っ込んでいる。
あまり小細工なく音楽は進むがフレーズの終わりになると、
ハイ切り替わりますよと教えるようにリタルダンドする。
それ以外大言壮語に主張することはない。
最後は寝たり起きたりしながら少し精気を見せて終わる。
オケはいまいち。

15:57  14:11  28:37  22:07   計 80:52
演奏  B  録音  89点



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