クラシックCD聴き比べ ~ Classic CD Memos ~

クラシック音楽のCDを中心に演奏者への敬意を込めて、つたないメモを書いています。

Mahler Sym8 の記事一覧

マーラー 交響曲第8番 ブーレーズ(07)

2013.02.14 (Thu)
ブーレーズマラ8
ブーレーズ/ベルリンシュターツカペレ(07、DG)は
この指揮者のマーラー全集の完結(除く第10番)。
ジャケットはどんどん手抜きになり、ついには指揮者のどアップ。
(千人の交響曲で夢見るようなジャケットはお目にかかったことがないが)。

一方の演奏。思えばブーレーズも変節したものだ。
鋭利で分析的と言われた指揮者デビュー時。DGになってからの微温的な指揮、
そして今回に見るようなロマンの香りをまき散らす指揮者に変わった。
共通するのは常に音はしっかり整理されているというところだ。

この8番についてこの元作曲家兼指揮者はどう思っているのだろうか?
私などは支離滅裂で理解不能と割り切っている。
どう料理しても1部とと2部は世界が別。
その意味では、このCDは1部と2部でCDを分けている。暗示的だ。

録音はなんとこの時代にイエス・キリスト教会でのセッション。
ゆえに細部にわたり万全の録音。
また、こんなにここは音場が大きかったかと思うほどスケール感もある。

第1部は予想通り力で押しまくらない。テンポは中庸。
その中ででてくる声楽陣のハーモニーがハリがあり美しい。
録音的にもオケよりもこちらに焦点を当てているようだ。合唱も独唱も精緻。
それでいて声楽が静まった時のオケも室内楽のような純度の高い音。
勢いで押すのでなく独自の宇宙を作り上げる意欲に満ちる。
表情は無機的でなく起伏・情感を盛る。
ややもてあましているかと思っていると終結に来る。
最後の3分”Gloria sit Patri Domino”はテンポを一段と遅くして
ドラマティック・オペラティックな思い切った表現がとられる。
バーンスタインのたたみかける演奏とは全く逆方向ながら相当な盛り上がり。

第2部は遅めのテンポでノスタルジックな雰囲気を出している。
切ない音楽が続く。
これはブーレーズなのだろうか?声楽部も濃厚だ。
その後のテンポは場面により切り替わりを見せる。
流している感じがなく、飽きさせないように管弦楽においても多彩で
チャーミングなしぐさを振りまく。入り込んでその都度独唱やら
オケの掛け合いを愉しんでいると時間が過ぎていく。
どこまでが必要な楽曲でどこまでが肥大化した部分なのかよくわからない。
ともかく美しい流れに身を任せよう。
これまた、終結の6分は音とテンポを落としてひたひたくる。
力で盛り上げるのでなくじわじわ穏やかな幕切れである。
この85分という保有盤最長の、長い長い道のりは
最後のこのフィナーレのためにあったのだと今更ながら気づく。

23:44  61:32   計 85:16
演奏  悠A   録音 94点

マーラー 交響曲第8番 小澤(80)

2012.03.26 (Mon)
小澤千人
小澤/ボストン交響楽団(80、PHILIPS)はこのコンビのマーラー全集の第一弾。
(巨人はDGに77年単独録音があるが全集とは別物)
普通全集を開始する際、この編成の大きなお金のかかる録音は一番最後に
回されることが多いがこれは逆だ。
小澤征爾は1970年にこの曲の日本初演以来2回目の演奏会を行った後、
1975年にはベルリンフィルやフランスでこの曲を指揮している。
1980年は新日本フィルと3回演奏会をやった後ボストンでのこの公演を行っており、
この年はマーラーの8番づいた年となった。
よってかなり読み込みが出来上がっている。
第二部の堂に入った演出はそうした成果だろう。
正直に言って私はこの交響曲の理解者ではないが後半は良いと思った。

録音はボストンシンフォニーホールでもので響きの良いホールだが
さすがにこの巨大な編成を捉える際ピークでは音が窮屈になる。
また、細部の分離をあまり意識した録音ではない。
従って音が重なるところではダンゴ状になる。
ライブ録りとの合わせ技のようなので制約があったかもしれない。

第一部は一貫した勢いで音楽が進められる。
しかし録音の加減かフォルテが単調で表情も一本調子。
常に吠えている感じで勢いで乗り切る。
第二部は指揮者の意志が第一部より出ている。
指揮者の唸りを伴い身悶えするアダージョが進行。
女性合唱による「昇天した子供たち」、「マリアを称える博士」のはっきりした
テノールなど好調。管弦楽もオペラティックな表情だ。
その後の「栄光の聖母」も丁寧。最終区分のテノールは相当張り切る。
終結に向けて音楽が熱してくる。
「神秘の合唱」が厳かに始まるころにはわけは分からないけどじわじわくる。
悠然と広大なスケールで曲を閉じる。
強引に感動に持って行かされる点では「復活」と同じく曲のせいでもあるが、
この演奏の良さを再認識した。

23:07  56:07  計 79:14
演奏  A   録音 88点

マーラー 交響曲第8番 ハイティンク(71)

2011.08.19 (Fri)
ハイティンクマラ8
ハイティンク/ロイヤルコンセルトヘボウ管弦楽団(71、Philips)は同じ年に
録音されたショルティ盤の影に隠れて目立たない存在だが、実は素晴らしい。
知名度は低いが期待を大きく上回る。

録音はスケール大きく独唱はややクローズアップ。この当時の優秀録音。

第1部は引き締まったテンポの中劇的な音楽が鳴り響く。
中庸を重んじて何もしない青年指揮者、ではない。
極端なテンポの変動やアッチェレランドや表情の誇張はない。
しかし、図太い音楽がバリバリ進む。
びくともしないオケ・叫びながらも破綻しない声楽陣も素晴らしい。

第2部は間延びしがちな音楽だが緊張感を持続させる指揮者。
表現にやや生硬なところがないとは言えないが、オケやホールがクッションになる。
この楽章では眠くなることが多いが、このメリハリの効いた演奏ではならなかった。
音楽が前へ前へ進もうとするからだ。
独唱陣もそれぞれ張りがあり美しい。終結の放射もまばゆいばかり。

22:50  53:01   計 75:51
演奏  A   録音 90点

マーラー 交響曲第8番 ヤルヴィ(94)

2011.01.28 (Fri)
BIS-CD-700.jpeg
ヤルヴィ/エーテボリ交響楽団(94,BIS)は発売時CD1枚に収まっていたので驚いた。
70分を切る唯一の保有盤。凝縮された演奏も充実している。
録音はエーテボリのオペラハウスでのライブ。制約条件の中では巧く録れている。
マスで細部の強調は無いがスケール感もある。

第1部冒頭を聴くとおっ速いな、勢いがあるなと感じる。
ネーメは時として大交響曲で快速運転をする。
たとえばショスタコーヴィッチの交響曲第7番もえらく速くさっさかやっていた。
最初は違和感を感じるのだが、その流れに馴染むと逆に非常な説得感を持ったものだ。
かくしてこの曲もそうだ。そもそも拡散傾向にあるこの曲の密度を高めるには
テンポを速めるのが端的に効果的(とくに第2部は)。
速いところは紋切り型のような表情も見せるが、ネーメは一本調子でなく
収まる所は落ち着いた表情も混ぜる。
しかして終結に至る一途な突進は素晴らしい。
第二部については通常の演奏より10分程度短い。
もしこの章をゆっくり堪能しようとするならばこの演奏では絶対物足りない。
行間は圧縮されゆとりがあまりにもないからだ。
しかし速い流れに乗ってしまうとこんなものかと快適に感じる。
私はこの第8番の歌詞の内容についてあまりにも支離滅裂なので
ついていけないことがあるがそうした場合はこの演奏が都合いい。
オペラではなく音楽を中心に聴かせてくれるからだ。
しかもライブらしく終盤5分はじっくり腰を落として盛り上げてくれる。
オケも熱演だ。
最後の大太鼓が打たれた後、しばし沈黙があり拍手が盛り上がる様子も素晴らしい。
感動。

20:18  49:38   計 69:56
演奏 速A+   録音 91点
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