クラシックCD聴き比べ ~ Classic CD Memos ~

クラシック音楽のCDを中心に演奏者への敬意を込めて、つたないメモを書いています。

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フィンジ エクローグ ジョーンズ(p)(92)

2014.07.15 (Tue)
フィンジエクローグ
ジョーンズ(p)/ボートン/イングリッシュ・ストリング管弦楽団(92,Nimbus)は
気絶するほど美しい。
これほどまでに高貴で儚い音楽を私は知らない。
フィンジ(Gerald Finzi)は1901年生まれ1956年没のイギリスの作曲家。
この曲は弦楽とピアノのための協奏曲の第2楽章として着手されながら未完成に
終わったものを後に「エクローグ」として独立したもの。
エクローグ(Eclogue)とは田園詩、牧歌という意味であるが、
印象としてはのどかな暖かさというよりも、もっと清冽で人間的な気高さを湛えている。

慎ましいピアノのソロで始まりそこに弦が優しく慈しむように絡んでくる。
心洗われる瞬間である。
その後もピアノと弦が感情を秘めながらひたすらそっと掛け合うが、
押さえても押さえても押さえきれない感情が溢れ出てしまう。
しかし、落ち着きを取り戻しまた静かに堪えて歌い始める。
最後は、苦い思いをそっと胸に閉まって終わる。

情緒のみに流れることがなく凛として耐えているようなこの音楽は、
ある意味男性的でもある。
ただ感傷的で甘い甘いムード音楽と違うのは、品格があるから。
たかだか、10分ほどの音詩であるが、この曲のみでフィンジは不滅の輝きを持つ。
Finzi.jpg

録音はバーミンガム大学の大ホールでのセッション。
広い空間に静謐な音楽が流れるのを手助けする優秀録音。

この曲のCDは手元に5枚ほどある。どれも共感に満ちていて悪くはない。
ただ、その中で一番のお気に入りは、冒頭にこの曲を配した
「Meditation at Sunset」というオムニバス盤。
黄昏の瞑想時間に聴くのに適するとの趣向だが、個人的には黄昏時でなく
休日の朝の落ち着いた一時でも、夜でも心を癒してくれる曲でありCDだ。
他の盤は「フィンジ作品集」の中に収録され統一感があるようだが
(実はこの演奏はもともとはフィンジ作品集として収録)、
激しい曲も入っていたりで癒しの一貫性に欠けるものもある。

この演奏自体も繊細さと凛とした気高さを併せ持つ。言うことがない。

なお、現在一番入手しやすいのはドノホーのピアノによるNAXOS盤だろうが、
この曲の魅力は伝わる。(本音はもう少しデリカシーが欲しい)

9:56
演奏  S   録音 92点

W・シューマン 交響曲第3番 シュワルツ(05)

2013.03.05 (Tue)
wschuman3naxos.jpg
シュワルツ/シアトル交響楽団(05、NAXOS)はせっかくの新盤だが
バーンススタインの新旧両盤にかなわない。
あれほどの名盤がある中での新録音に挑戦したことには拍手を送りたい。

録音はシアトルのベナロヤホールでのセッション。
比較的こじんまりした響きで標準的な音。分解は高くなく残響も少ない。

Ⅰ部のパッサカリアはさらりと始まりその意味清潔感がある。
但し、あっさりしていて都会の持つ憂鬱を削ぎ落している。
フーガに入るとドライな音が速いテンポで次々にかぶさる。
終結に至るダイナミックな音はさすが。
なるほどこうした行き方もあるな、とは思うが音楽をシンプルにしすぎている。
この曲の良さは、バロックの衣裳を纏い都会の響きを持つ中に
孤独や寂しさがにじみ出るところだ。

Ⅱ部のコラールも音を短く切り粘らない。
さかさか行くのでこの曲の一番美しい聴かせどころが流れてしまった。
バーンスタインの入魂のDG盤に比べ3分も短い。
トッカータのドラムのリズム感は良いが音響面で損をしている。
シアトルのこのオケは頑張っているが、洗練はない。
最後は相当オケを追いこんでいる。

もし、この曲に初めて接しようというならば、
まずはバーンスタイン盤で魅力を十分味わってほしい。

Ⅰ 6:08  6:15  Ⅱ 7:42  7:23   計 27:28
演奏  A-   録音 88点

W・シューマン 交響曲第3番 バーンスタイン(85)

2013.03.04 (Mon)
wschuman3cddg.jpg
バーンスタイン/ニューヨークフィル(85、DG)は再録音。
旧録音が超名盤だったので、バーンスタインが新録音したニュースを
知った時にはワクワクした。そして発売と同時にCDを購入した。
しかし、正直に言って旧録音を越えられなかったと感じた。
それは演奏の問題でなかった。

録音はエイヴェリー・フィッシャーホールでのライブ録音。
旧録音のマンハッタンセンターに比べ狭くデッド気味。
これが旧録音との大きな差。

第Ⅰ部のパッサカリアはより丁寧に密やかに歌われる。
勢いでは旧録音だが各パーツの掛け合い演出はこちらの方が細かい。
問題はフーガに入ってからのティンパニの乱舞の音のヌケが悪いこと。
これは演奏の問題でなく会場の問題だ。

第Ⅱ部に入りコラールはやはりじっくりと歌われ流石。
旧録音より1分ほど時間をかけている。この抒情性の表出は新録音が勝る。
トッカータに入ると冒頭の重要なドラムのリズム感がイマイチ。
もっと前進性が欲しい。その後もあの60年のアメリカの勢いがなく残念。
バーンスタインの方向性が勢い任せではなく一音一音しっかり押しつけて
情念を込める方向になっているのだ。
最後のドラム音のヌケの悪さは旧録音の突き抜ける音を知っている耳には痛い。
全体としては極めて高水準の演奏なのだが、
60年盤の輝かしい音と勢いが忘れられない。

Ⅰ 6:48  6:50 Ⅱ  10:49  7:53  計 32:20
演奏  A+   録音 90点

W・シューマン 交響曲第3番 バーンスタイン(60)

2013.03.03 (Sun)
wschuman_bernstein.jpg (←LP盤 CD盤→) wschuman3cd.jpg
バーンスタイン/ニューヨークフィル(60、SONY)は私の愛する超名盤。
まず曲が素晴らしく、演奏がその魅力を120%表出。

ウィリアム・シューマン(1910-1992)はアメリカ生まれの作曲家。
音楽に目覚めたのは遅く、二十歳のときに行ったニューヨークフィルのコンサート。
が、そこからエネルギッシュに音楽の道を突き進みジュリアード音楽院長や
リンカーン・センター長にまでなってしまった人である。

交響曲は10曲(2曲破棄)ありこれが彼の作曲活動の中心。
後半の交響曲は「理知」の部分が勝りやや難解な印象を与えるが、
この第3番は「情と知」の融合が素晴らしくアメリカが生んだアメリカらしい
交響曲のベスト1ともいえるものだろう。
活力と意志、瞑想と調和、ダイナミクスとリリシズムが見事にブレンド。

作曲年 1941年
パート1: パッサカリア-フーガ
パート2: コラール-トッカータ

曲は大きく二つのパートに分かれそれぞれがまた二つに分解される。
パッサカリアはゆっくりとした弦からクールで厳かなテーマを呈示する。
順番に楽器を重ねながら大都会の響きが交錯するようになる。
そのままアタッカでフーガに突入。リズムとパワーを更新しながら展開。
憂いを秘めつつも終結に向かって重厚さと輝かしさを増してダイナミックに終える。

パート2は再度弦の優しい慈しむようなテーマから始まる。
その後トランペット、そしてフルートに受け継がれていくが、
摩天楼の静寂を表象しているよう。この部分は本当に美しい。鳥肌が立つ。
(ブラームスの交響曲第4番やマーラーの交響曲第3番・第10番の終楽章の
フルートソロを想起されたい)
その後も弦を主体に情熱と悔悟が交じり合ったように進むが、
何か決心したようにブチッ、ときれた音がしたかと思うと小太鼓が鳴り
トッカータの突進が始まる。
(ここのスネアドラムパートはアメリカのオケの入団試験に出る
http://www.youtube.com/watch?v=EGjUDvYgD1Y )
管とパーカッション、弦と主体となる楽器を替えながらスピードと
響きを加えながら圧倒的なフィナーレを迎える。

録音はマンハッタンセンターでのセッションで、広大で量感たっぷりの音響。
フーガやコラールなど教会で発達した旋法を使うこの曲にマッチした音場。
ハイ上がりの録音も音楽の輝かしさを倍加。

演奏は第1部のパッサカリアの都会的な憂いを含んだ滴るような弦から
馬力あるブラス群に移行する過程の輝かしさは目も眩む。
フーガに入ってからのリズム、そして終結に至るティンパニの皮の音の聴こえる妙技。
トロンボーンの分厚いビリビリ音は爽快そのもの。
確かにマンハッタンのビル群に木霊するような音。

第2部のコラールの荘厳なムードの中トランペットが朝日のように射し込む。
その後に続くフルート(ジュリアス・ベーカー)の神々しさ。
トッカータはスネア・ドラムで進攻開始。(このドラムの音がまた良い!)
終結に向かい音が重なり突き抜けるドラムに引率され勢いを増し
ファンファーレの嵐。怒涛の終結。
この時のニューヨークフィルは名手揃いでそれを堪能できる。

Ⅰ 6:55  6:47  Ⅱ 9:55  7:37  計31:14
演奏 S  録音89点
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