クラシックCD聴き比べ ~ Classic CD Memos ~

クラシック音楽のCDを中心に演奏者への敬意を込めて、つたないメモを書いています。

Sibelius Sym6 の記事一覧

シベリウス 交響曲第6番 ヴォルメル(2008)

2015.10.11 (Sun)
ヴォルメル56
ヴォルメル/アデレード交響楽団(2008、ABC)はどこまでも切ない。
意を抑し殺す終結の慟哭に泣ける。
何度接してもほんとにこの曲は素敵だ、と感じる。

ヴォルメルのシベリウスの全集におけるテンポ感はどちらかというと
速めだがこの曲では31分とたっぷりかけている。
この指揮者もこの曲を慈しみ愛している。

第1楽章この導入は誠に大事だが綺麗に入るが神経質ではない。
この後に始まる木管によるモチーフの提示はひんやりした空気の中に
舞い降りる葉のよう。弦楽各パートの扱いは読みが深い表情を見せる。

第2楽章は保有盤最長。
この楽章は前半が想いにふけ、後半には夢の中で何かを捉えようと動くが、
この演奏は前半が特に慎重に扱われる。
少し粘り音を延ばすだけでなく後ろ髪を引かれるような気配。

第3楽章の弦の躍動は冷えた鼓動。

終楽章はアタッカで入る(当然指揮者の指示)。
前楽章の怒涛の嵐の後、佇まいを一新して起立するこの冒頭は切ない。
そしてテンポを緩め振返る。この慎ましい音楽を優しく扱う。
音楽が展開してリズミックになると軽く弾む。それをティンパニと弦が受け止める。
音の断片の頻繁な入れ替わりに立ち眩みしそう。
終結は抑制してもしきれない思いが前にのめる。
決して喚くことはないが、思いは強い。

本CDはこの曲の後に「悲しきワルツ」が続く。
交響曲は現生なのだが、このワルツはすでに次の世界に入ってしまっている
ことを痛切に感じた。案外こうした順番による編集はないのでこれまた発見だった。

また、この全集のCDジャケットがまたひんやり。
フィンランド中部のユヴァスキュラ(Jyväskylä)の風景。
シベリウスの音楽はこうした冷気と切り離せない。

録音はオーストラリア南部の州都アデレードのタウンホールでのセッション。
澄んだ中にも羽毛のような肌触り。ソフトフォーカスの音が幻想を掻き立てる。
オケの低弦の重くない木質感ある響きなどもよい。

9:03  7:17  3:48  10:58   計 31:06
演奏 A+    録音 94点

シベリウス 交響曲第6番 ストゥールゴールズ(2012)

2015.09.28 (Mon)
ストゥールゴールズ全集
ストゥールゴールズ/BBCフィル(2012、CHANDOS)は鮮烈。
同郷、近い世代のサカリ・オラモとバーミンガム市響との演奏とタイム、印象が似ている。
この曲を人生の終盤でなく青春の輝きの中で捉えている。
従ってオッコ・カム盤とは方向性が違う。
音楽を聴く愉しみだが、どちらが正しいということはなくその時の心境に
フィットした方が心に働きかえるということだろう。

第1楽章のひんやりした空気感の中で胸がときめく。
この演奏からみればカム盤は枯れているかもしれない。
フレッシュで前向きな音楽。これも素晴らしい。
快速で走りながらも終結はテンポを落とし振返って見せる。
不安の影を金管の強奏が追い払う。

第2楽章は速めのテンポ。落ち着かない苛立ちを表すかのよう。
ただ、大事な弦がややラフなのが残念。

第3楽章は一転しっかり刻む。

終楽章も活きがいい。北海の荒々しさを感じさせる場面もある。
ゆえに癒しの終結の効果が増す。

録音はイギリス、サルフォード、メディアシティUKでのセッション。
響きの多さもここでは雰囲気作りに役立つ。
少しハイ寄りだと思うが重低音を必要としない曲だ。

8:48  5:27  3:45  10:04   計 28:04
演奏  A    録音 93点

シベリウス 交響曲第6番 カム(2014)

2015.09.27 (Sun)
カム全集
カム/ラハティ交響楽団(2014、BIS)はあまりに儚い美しさのため意識が飛ぶ。
こんな音楽、こんな演奏はそうはない。

この録音にかかわった全ての人がこの曲を愛し理解している。
というのも指揮者、オケのみならず製作陣がこの曲の弦の扱い、
ハープ・ティンパニの重要性を周知しているということが伝わるから。

2011年カムがラハティ響の首席に就任した際、シベリウス・チクルスが演奏された。
その時にシベリウスに異常な愛着をもつBISのフォン・バール社長が聴いていて
このコンビによる全曲セッション録音を即断した。
BISはすでに同オケでヴァンスカによる極めて評価の高い全集を作っているにも
関わらず、である。しかし、この録音を聴くと納得する。
エグゼクティブ・プロデューサーでもあるバール氏に感謝しないではいられない。

第1楽章冒頭はとても大事。
弦のディヴィジ奏で音の綾が織られるが、透明な軽やかさが
離散集合しながら輝く。
さらさらの粉雪が朝の光の中でキラキラ舞いながら消えていく。
弦のアクセント、表情、どこまでもデリケート。ただ優しいだけではない。
自然の音なのか、内なる鼓動なのか判然としない。
浮沈を繰り返す音にクラクラしていると金管のドレミ音で我に返る、
がまたすぐに落ちてしまう。

第2楽章のティンパニの音で目が覚めるとどこか、黄泉の国を彷徨している。
意識は相変わらず朦朧としていて何かが目の前を行ったり来たり。

第3楽章はまた突然別の次元にワープ。
この演奏はアンソニー・コリンズ並みの疾走を見せるが、これはテンポだけの話。
どこまでも浮遊し軽やか。そして最後はティンパニの連打で容赦なく覚醒させられる。

終楽章は短調の悲哀と長調の癒しが交互に来て頭を駆け巡る。
各フレーズの扱いが全く乱暴にならず提示される。熟達の技。
ヴァンスカ盤も素晴らしかったが、最終楽章があまりに速くて惜しかった。
ニュアンスがスピードで消されてしまう場面があったが、カム盤は万全。
そして光るのが粒だつティンパニ。頭の中を色んな情景が明滅する際に鳴っている。
またもや意識が危うくなる。
終結部はそれを優しく受け止める。しかしここはもう現生ではない。

聴き終わってしんみりしてしまう。
R・シュトラウスの「四つの最後の歌」の世界観・死生観と似ているかもしれない。
交響曲第7番ではもはや人の気配はなくなる。

録音はこの全集の終盤の2014年1月から2月にかけてなされており最高の水準。
外は凍てつく寒い時期だが、音は寒さの中に温もりを感じさせる。
先述のとおり重要楽器が混濁なくしっかり聴けるのがうれしい。
ライブでなくセッション録音の有り難さを感じる。

このラハティのシベリウス・ホールのホワイエの天井のライトの配置は
シベリウスの生まれた日の天上の☆を再現しているとのこと。
いつかは訪れたいホールだ。
Lahti.jpg
(http://www.theartsdesk.com/より引用)

8:51  6:43  3:26  9:45   計 28:45
演奏  S    録音 96点

シベリウス 交響曲第6番 セーゲルスタム(90)

2010.12.25 (Sat)
セーゲルスタム全集
セーゲルスタム/デンマーク放送交響楽団(90、CHANDOS)はロマンティックな演奏。
全曲で31分半と長い演奏時間は時に止まるようなテンポで演出したりするから。
ただ、大げさな身振りがこの交響曲の繊細なよさを覆う部分があるのは残念。
美しい瞬間は多々ある。
終楽章のゆったりした出だしは、なにかノスタルジックな想いを引きずる。
しかし終結のドラマ過剰はいただけない、というような長短ミックス内容。
録音はデンマーク放送コンサートホールで残響の多さはこの曲では
雰囲気を出すのに一役買っている。
9:58  6:34  4:00  11:00   計 31:32
演奏  A   録音 91点

シベリウス 交響曲第6番 ヤルヴィ(83)

2010.12.24 (Fri)
ヤルヴィシベ6bis
ヤルヴィ/エーテボリ交響楽団(83,BIS)は引き締まった動的な演奏。
録音は地元のコンサートホールで落ち着いた響き。
第1楽章の序奏は慎ましく始まるが展開に来るとスピードが上がる。
弦楽セクションがついて行くのが必死。哀しみを断ち切るかのごとく疾走。
第2楽章第3楽章、とくに何もやっていないが音がシベリウスを
そのまま体現したようなちょうどいい感じ。スケール感が大きすぎず小さすぎず。
終楽章も疾走する。めそめそしている余裕がない。
フォルテは逞しいが覆いかぶさるようなことは無い。
この節度がこのコンビならでは。全般にそっけないぐらいだが不足感がない。

8:05  6:02  3:44  9:15   計 27:06
演奏  A   録音 90点
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