クラシックCD聴き比べ ~ Classic CD Memos ~

クラシック音楽のCDを中心に演奏者への敬意を込めて、つたないメモを書いています。

Sibelius Sym2 の記事一覧

シベリウス 交響曲第2番 カヤヌス(30)

2016.01.30 (Sat)
シベリウス歴史的録音
カヤヌス/ロイヤルフィル(30、EMI)はデモーニッシュ。
カヤヌスはこの交響曲にロシアへの抵抗という愛国的な意味を見出していた。
作曲者自身は「魂の告白」とだけしており標題性を否定しているが、
盟主カヤヌスは違った。それが演奏に現れている。

第1楽章から音楽は基本的に前傾で音がどんどんかぶさる。
よって全演奏時間は38分台だがその中の表情は濃厚だ。

一番目立つのが第2楽章。カヤヌスによればこの楽章は『太陽から光を奪い、
我々を元気づける花からその香りを奪おうとする、(ロシアの)すべての
不当行為に対してなされる、断固たる抗議である』という解釈だ。
ポルタメントする弦も甘くはない。テンポは悶え救いの手を求める。

第3楽章のトリオのオーボエは自我の目覚めということで強調される。

そして終楽章は勝利への道程。呼吸感、盛り上げ感など実に情動的。
今はこのように演奏することはないだろう。
何かショスタコーヴィッチを先取りして聴いているような演奏だ。

その後シベリウスの音楽は変貌するのだが、
暫くは「交響曲第2番」をツールにこの作曲家は世界的作曲家になっていく。
北欧以外の指揮者もこの曲を積極的に取り上げた。1960年代あたりまでは
この曲が「フィンランディア」と並ぶシベリウスの代表曲となった。
とにもかくにもシベリウスを世に広めたこの演奏の功績は大きい。
一般に薦められる音源ではないが、シベリウス受容史にとって重要。

録音はロンドン、ウェストミンスター セントラル・ホールでのセッション。
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SPで響きは拾えていないが、85年前にしては予想外の明瞭な録音。
弦の表情のみならずティンパニのトレモロも明快。
2015年の復刻盤はアビーロードに残されているマスターからのリマスターとのこと。
スクラッチノイズは聞こえるが聴き辛さはない。

8:22  12:55  5:21  12:20   計  38:58
演奏   熱     録音  72点

シベリウス 交響曲第2番 ヴァンスカ(2011)

2015.12.04 (Fri)
ヴァンスカ25ミネソタ
ヴァンスカ/ミネソタ管弦楽団(2011、BIS)、本盤には物語がある。

このコンビによるシベリウスの交響曲は2011年に2,5番、2012年に1,4番が録音された。
しかし2013年10月にはヴァンスカは同楽団の不祥事に嫌気がさして音楽監督を
辞任しているので、果たして全集は完成するのか?してるのか?
(一方、BISはオッコ・カムで2012年から14年にかけてシベリウスの全集を完成させた)
契約は再度復活しているのできっと完成はすると思われるが…。

他方この盤に絡み心打つ記事があったので長いが紹介したい。

河北新報 2013年1月28日(月)
『内部対立から資金不足に悩む米国の名門楽団「ミネソタ管弦楽団」と、
仙台市の全盲の女性が手紙でエールの交換をしている。

女性は東日本大震災後、ストレスによる難聴に悩まされ、楽団の演奏を聴き克服した。
楽団の苦境を知り、応援の手紙と寄付金を送ったところ、団員の心を揺り動かし、
感謝の手紙が届いた。女性は「心の支えとして演奏を続けてほしい」と話す。

送り主は、生まれつき視力がなく、アイメイト犬と暮らす翻訳家松川恵理子さん(36)
=若林区=。ミネソタ大に留学中に同楽団の演奏を聴き、
「情景が浮かぶような表現力豊かな演奏」に引かれてファンになった。

同楽団は昨年(2012年)10月以降、不明朗な会計処理をめぐって執行部と団員が対立し、
執行部がロックアウト(施設封鎖)していた。
団員が自費で演奏していると聞いた松川さんは、10月にB5判で11枚に上る応援の
手紙を書いた。貯金から切り崩した5600ドル(約50万円)分の小切手、
96人の全団員分の折り鶴を同封して楽団に贈った。

震災で松川さんの自宅アパートは大きな被害を受け、転居を余儀なくされた。
しばらくして難聴が発症。音を頼りに空間を認識する能力も衰えた。
震災によるストレスが原因とみられ、薬をのんでも改善しなかった。
楽団のCDを聴き続けたところ、聴力が自然と回復し、空間の認識能力も取り戻したという。

日本から届いた手紙を読んだ団員らは「海を超えて人の心を癒やすことができた」と感激。
11月、メンバーのサインを書いた手紙が松川さんに寄せられ、その後も手紙の交換が続いた。
楽団はことし、グラミー賞の「ベストパフォーマンスオーケストラ」にノミネートされ、
記念コンサートを2013年2月1日にミネソタで開く。費用は団員が各自で負担する。
松川さんも駆け付ける予定で、
「前に進む後押しをしてくれた。直接感謝の気持ちを伝えたい」と心待ちにしている。 』
と記事はここまで。

その後松川さんは無事渡米しミネソタで行われた、グラミー賞ノミネートコンサートを
聴いたばかりか、楽団の計らいで、リハーサル時には楽団員と共にいた。
その時の写真が米国の新聞に掲載されていた。
20130201_osmo-vanska_33_201512032234452ca.jpg
この時グラミー賞にノミネートされた盤がまさにこの盤である。
(松川さんが8日間にわたって聴き続け、聴力と感性を回復させた
 ミネソタ管のCDは何だったのかは、記載がない)
そして後続の1,4番を収録したCDはグラミー賞を獲得した。
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さて、演奏だがヴァンスカの意欲が漲る演奏。積極的な溜めや表情作りが見える。
オッコ・カムの自然体とは違う行き方だ。
シベリウスと同じ言語感を持つオケならば自然体でも味わいが出るが
アメリカの高性能オケとやるならばこのような挑戦をしようと考えたのかもしれない。
厭になるほど指揮しているこの曲に新たな視点を提供したい、そんな意気込みが
感じられる。ただ、今の私にはカム盤の方がフィットする。

録音は、ミネアポリスのオーケストラホールでのセッション。
素晴らしい音質はSACDのメリットを感じさせる。
どちらかというと暖色系だがそれがこの曲にあっている。
文句なし。

9:11  16:28  5:47  14:38   計 46:04
演奏  A   録音 97点

シベリウス 交響曲第2番 ストゥールゴールズ(2013)

2015.10.12 (Mon)
ストゥールゴールズ全集
ストゥールゴールズ/BBCフィル(2013、CHANDOS)は北欧的厳しさを持った名盤の誕生。
切り込みは激しいが懐の深さも感じる。
近時出たオッコ・カムとはまるで違う劇的な効果を持つ。
勿論カムは「大人の」第2で素晴らしいのだが、この曲にはストゥールゴールズの表現の方が
一般的には説得力を持つのではないか。
個人的には多彩で硬質な音のティンパニの扱いが全編を引き締めている点が気に入った。

第1楽章は10分をかけ速くはないが新鮮な音作り。間をしっかりとり、意志的な表情を見せる。
左右の弦の掛け合いも明快、、ティンパニの楔的打ち込みも効果的。彫の深さに期待が高まる。

第2楽章の切り立つダイナミズムと癒しの落差が大きい。
バーンスタインのような濃厚さではなく峻厳な清冽さを湛える。
スコアの読みが深く弦のワンパッセージにも意味がある。この入念さが単調さを回避する。

第3楽章は弦楽の力感に驚く。トリオの木管の節回しは北欧オケのよう。

終楽章も引き締まった劇性に惹かれる。
展開部に向かう4分過ぎからテンポをしっかり落とし力を溜めたうえで、徐々に加速・加力して
クライマックスを築く設計は、分かってはいるがやられたと思う。
頂点で主題を高らかに金管が吹奏する場面でティンパニが堅く打ちこまれるので
音楽が引き締まる。この効果は終結まで続くが実に独創的。
力感を開放する壮麗な終結は見事。
シベリウス1900

録音はイギリス、サルフォード、メディアシティUKでのセッション。
クールトーンながら拡がりを持つ。またぼやけがちな低弦やティンパニも明快で
指揮者の意図を良く伝える好録音。

10:12  15:05  6:06  14:14   計 45:37
演奏  S   録音 95点

シベリウス 交響曲第2番 カム(2013)

2015.10.05 (Mon)
カム全集
カム/ラハティ交響楽団(2013、BIS)は抑制美。
この全集について言えることがここでも当てはまる。
演奏効果を狙う特別なことは何もない。
でも聴き飽きたこの曲を新鮮な気持ちで聴くことができた。

彼ら自身、何百回演奏したであろうこの曲。
手を抜かずに丁寧に扱っているのが分かる。
初めて聴く人、若い人にはもっと刺激に満ちた演奏もよいかもしれないが、
相当数聴いた人にはこの演奏で美しさを堪能すればよい。
ヴァンスカ盤も繊細な演奏だったが、こちらはより自然。

第1楽章波が揺れる中、透明な弦が気持ちよい。
木管のシグナルは立体的で金管はしっかり音を立てる。

第2楽章は間の活用が重要だ。たとえば4:55。
怒涛の心模様からひと呼吸置いて優しく復活していく表情は
作為は感じさせず癒しに満ちる。
この楽章は静かな瞑想に激情が混じり込むが、
あまりに激烈に過ぎると聴いていて疲れる。
その点この演奏は神経を逆なでしないのでありがたい。

第3楽章のヴィヴァーチッシモも激しすぎない。
そしてなんといっても中間部のオーボエの牧歌に癒される。

終楽章に入っても丁寧が続きアクセントはどちらかというと大人しい。
ティンパニも派手ではなく弦のしゃくりあげも少ない。
穏やかに、むしろ密やかに進行。何とも言えない抑制。
最後の最後まで慎ましい。
堪えに堪え最後に気持ちを吐露。
金管ではなく弦が気持ちの高ぶりを伝える。
なんという瑞々しい終結。

内奧に迫るこの第2番(1901)を聴くと
交響曲第1番(1899)とは違うシベリウスがいる。
交響曲第3番(1907)を向いているシベリウスがいる。
sibelius1904.jpg
(Sibelius by Albert Edelfelt, 1904作)
(なおCDジャケットのシベリウスはGallen-Kallela、1894作)

録音はシベリウスホールでのセッション。
透明感で繊細な演奏を見事に捉えるとともにティンパニも焦点がぼけない。
現在望みうる最高の音響ではないか。

9:41  14:26  6:11  14:23   計 44:41
演奏  抑A+    録音 96点

シベリウス 交響曲第2番 ガラグリ(63)

2015.09.07 (Mon)
シベ2カラグリ
ガラグリ/ライプチッヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団(63、ETERNA)は強さを秘める。
カール・フォン・ガラグリ(1900-84)はブタペスト出身、ストックホルムで死去した。
もともとはヴァイオリニストとしてベルリンフィルでスタートした後、
スウェーデンのオケでコンマスをしていたが途中で指揮棒を持つようになった。
ガラグリ
この録音はライプチッヒのカペルマイスターのコンヴィチュニー(1901-62)が亡くなり、
ノイマンが64年から引き継ぐ空白の時期のもの。
ガラグリは71年に1番7番を録音しているが、ライプチッヒのシベリウスは珍しい。

演奏は基本的に極めてまっとう。小細工なく進み、テンポも普遍的。
ただ、時に剛毅さが顔をのぞかせると思っていると、
終結での音を割らんばかりの物凄い強奏にこの人の男気を感じる。
せっかくの場面で録音の古さが露呈するのが残念だが
北欧の耐えに耐え、最後に爆発という気骨を感じる演奏だ。

録音場所は不明だが響きが豊かで聖トーマス教会でのセッションではないか。
録音レベルは当時の水準だと思うがホールの響きはクールでスケールもあり合致。
終結の最強奏では音がびりつくが、これは演奏が強すぎるから。

9:34  14:15  5:54  13:41   計 43:24
演奏   A-   録音 85点
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