クラシックCD聴き比べ ~ Classic CD Memos ~

演奏者への敬意を込めて、つたないメモを書いています。

ベートーヴェン 交響曲第7番 カラヤン(51)

2017.03.29 (Wed)
karajan1951PO7
カラヤン/フィルハーモニア管弦楽団(51、EMI)は安定系カラヤン。
41年の「第7」の初録音から10年、ウォルター・レッグから1945年創設のPOを
与えられベートーヴェン交響曲録音を開始。その第一弾がまたもや「第7」。
そういえばDECCAのジョン・カルショウと組んだ時、VPOと録音した
ベートーヴェンも「第7」(1959年)だった。よほど自信のある曲なのだろう。
(↓1951年のカラヤン)
karajan1951.jpg

さて、この演奏10年前のSKBよりもとにかくオケが立派。
よってカラヤンの目指すものができている。
この頃のPOは戦後の混乱期にレッゲが英国の名手をかき集めてきただけあって
たぶん当時NO1の英国オケ。フルトヴェングラーやトスカニーニも客演している。

第1楽章から風格があり美しさがにじみ出る。
デニス・ブレインだけではなく木管も全てよい。弦も実に重厚。

第2楽章は流麗感が増している。
当時はフルトヴェングラーが存命中でその濃厚な演奏が受けていた時代だが
カラヤンの音楽づくりはそれとは一線を画す。ある意味まっとうだ。
楽想の転換はなめらかで自然で違和感がない。

終楽章は7分と彼の正規録音の中では一番遅い、というか安定的。
強引な引き回しはせずしっかりと鳴らす。

録音はロンドン・キングスウェイホールでのセッション。
弦がしっかり聴こえるがティンパニなどはこの曲ではもう少し明瞭にしてほしい。
ノイズはなく聞きやすい。

12:38  9:05  8:39  6:57   計 37:19
演奏   A-   録音  75点

ベートーヴェン 交響曲第7番 カラヤン(41)

2017.03.28 (Tue)
カラヤン71941
カラヤン/ベルリン・シュターツカペレ(41、DG)は戦時下33歳の挑戦。
手探りで始まり最後は直球ど真ん中。

カラヤン(1908~89)の長い盤歴の中で最初の正規録音は1938年12月の
「魔笛」序曲。本録音はそれから2年半後同じコンビで独ポリドールにより
録音されたもの。カラヤン初のベートーヴェン録音がこの「第7」。

第1楽章は後年の録音よりじっくり抑揚をつけて歌われる。
フルトヴェングラーのような緩急自在というわけにはいかず少しぎこちない。

第2楽章を聴くとカラヤンの特質が非常によくわかる。
テヌートを駆使しながら音楽を進行させるが、
フルヴェンのような耽溺型ではない。弦の動きは室内楽的。

第3楽章はリズムが今一つ乗り切れていない。

終楽章は前のめり。アクセントは明快に打つが微妙なずれを惹起させている。
ここでは表情を丹念につけるというより直線的。
特に後半はトスカニーニばりに畳み掛ける。

ヒトラーにお気に入りの指揮者とは言えなかったカラヤン。
よって、若き日はメジャーオケを振ることはあまりなかった。
しかし戦後、フルトヴェングラー亡き後念願のベルリンフィルを手兵にし
増員したオケで威圧的なまでのベートーヴェンを作り上げていく。

録音はベルリンでのセッション。驚くほど音がいい。
1941Herbert_von_Karajan.jpg
SPノイズも取り払われておりリマスターもよいのだろう。
残響は少ない分各楽器がくっきり聴こえる。
弦の分離はよい。低域やティンパニは遠い。

12:48  9:10  7:56  6:28   計 36:22
演奏   初   録音  74点

ベートーヴェン 交響曲第7番 フルトヴェングラー(43)

2017.03.27 (Mon)
フルトヴェングラー57BPO
フルトヴェングラー/ベルリンフィル(43、DG)は戦時下の熱狂。
終楽章の終結は狂気すら感じる。

第二次世界大戦は、言うまでもなく1939~45年まで
日独伊三国同盟を中心とする枢軸国陣営と、イギリス、ソビエト連邦、アメリカ、
中華民国などの連合国陣営との間での全世界的戦争。

この演奏はその最中1943年10月30・31日11月3日のベルリンでの記録。
ドイツは同年にはスターリングラード戦で敗れ劣勢濃厚な時期。
とても演奏会などやってられなかったのではないかと思うが
バイロイト音楽祭も含めベルリンフィル、ウィーンフィルなど盛んに演奏会を続けた。
勿論これはヒトラーによる国威発揚政策として推進されたのだが、
空爆を受けながらこのような水準の演奏を続けていたのは驚く。
旧フィルハーモニー
芸術家が国家政策と無縁でおれなかった時代の記録として聴くと
終楽章の怒りにも似た疾走は悲壮だ。

第1~3楽章までの劇的なアゴーギクなどフルヴェン節満開。
第2楽章は演歌を聴くような大袈裟感があるがこの時代の聴衆は
浮世を忘れるためこうした演奏を求め指揮者の資質がそれに合致した。

録音はベルリンの旧フィルハーモニーでのライブから編集。
シューボックス型で現在のフィルハーモニーと全く場所も形状も異なる。
音響はよかったようだが、この演奏の3カ月後連合国軍の空襲で崩壊してしまう。
csm_mobil-zerstoerte-philharmonie.jpg
この会場の録音としても最期の悲鳴のような記録。

当時のライブとしては鮮明な音。低域の厚みなどは少ないが。
結構響きが多いのはもともとなのかリマスターで付加されたのかは分からない。
トッティでティンパニがフォルテッシモでロールすると会場に渦が巻く。
これが爆音のように聴こえるのは気のせいか。

12:34  9:41  8:17  6:33   計 37:05
演奏   戦   録音  72点

ベートーヴェン 交響曲第7番 フルトヴェングラー(50)

2017.03.26 (Sun)
フルトヴェングラー全集
フルトヴェングラー/ウィーンフィル(50、EMI)は言うまでもない歴史的有名盤。
個人的にはフルトヴェングラーって凄いんだ、と気づかされた音盤。

以前は聴き過ごしていたが当方保有CDでは終楽章3分半頃、
音楽が静まった時に女性の声や紙をめくる音が聞こえる。
SPを再生しながらLPマスターテープを作る際に混入したのかも。
これも今となってはご愛嬌。
とにかく貧しい音なのにこれだけ人を興奮させる音楽を作るのは
やはり驚くべきこと。

終楽章のコーダでウィーンの低弦が唸りをあげる中
全体が加速して行くマッシブな迫力はピリオドには絶対出せない効果。
歴史考証的にこの演奏スタイルが正しいかは疑問だが、
正しいことと感動は別物である。

この演奏は第1~3楽章が極めて遅いテンポでどっしり深みに
入り込むようなつくりのため、終楽章の狂気が浮き立つ。
フルトヴェングラーは天性の演出家だ。

録音はウィーン・ムジークフェラインでのセッション。
各種復刻盤がだされているので評価は色々だろうが
現在聴いているのは音が比較的いいとされるイタリアEMIの復刻CD。
ヒスゴロは止むをえないが音割れなど無くまとまった音に聞こえる
(LPでは低弦のコル・レーニョ的バキ音がもっと生々しかったような記憶)。
音が静まった時に雑音が目立つが盛り上がりでは雑音がマスクされる。

12:54  10:14  8:37  6:51   計 38:36
演奏   唸   録音  70点

モーツァルト 交響曲第41番 ホグウッド(82)

2017.03.24 (Fri)
hogwood4140.jpg
ホグウッド/エンシェント室内管弦楽団(82、L'OISEAU-LYRE)は端正。
20世紀ロマン的威容を誇る「ジュピター」とは無縁。
ホグウッド(1941~2014)の壮年期の記録。
christopher-hogwood.jpg

冒頭の出だしから全く力みがなく、ある意味淡々と進む。
終曲までこの調子だ。現在までのピリオド群の中では興奮とは離れたところにある。
テンポは遅くも速くもなく、インテンポ。まさに彼らのモーツァルト。
聴いた後に強烈な感動はないが爽やか。
この曲でここまで純水的な演奏もないかもしれない。
一方では刺戟が少なく退屈ともいえる。

しかしクリスタルな響きでこの曲にこれほどの美しさがあったのだと気づく場面もある。
フルート1、オーボエ2、ファゴット2、ホルン2、トランペット2、ティンパニ、
ヴァイオリン2部14(第Ⅰ8、第Ⅱ6)、ヴィオラ4、チェロ2、コントラバス2の弦楽部は
現代オケの半分。この少人数の有利さをそのまま生かしている。

なお、このコンビが2001年に東京で演奏した際はもっとアグレッシブな表現で
テンポも速かった。しかし、この録音の頃は古楽器演奏の黎明期。
何か演奏上の特徴を打ち出さなければならないという観念はなかった。

録音はロンドンのキングスウェイホールでのデジタル・セッション。
recording-in-the-80s.jpg
編成が小さいため窮屈感はなく澄んだ音で録れている。
低域成分は多くなくスリムだがうるさいことはない。

11:01  9:14  5:54  11:50   計 37:59
演奏   A    録音 91点
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