クラシックCD聴き比べ ~ Classic CD Memos ~

クラシック音楽のCDを中心に演奏者への敬意を込めて、つたないメモを書いています。

ベートーヴェン ヴァイオリン協奏曲(フルート版) ベネット(87)

2017.07.24 (Mon)
ベネットフルート版協奏曲
ベネット(fl)/ベットフォード/イギリス室内管弦楽団(87、CAMERATA)は
なんとフルート協奏曲。
ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲は作曲者自身がピアノ協奏曲に
編曲しているがこれはベネット自身によるフルート版。

ウィリアム・ベネット(1936年~)は、イギリスのフルーティストだが
ランパルやモイーズに学びフランス的ともいえる優雅さが特色。
ベネット
LSOやECO、アカデミー室内Oなどの首席を務めたが近時は指導者とのこと。
その彼がなぜ壮年期にベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲をフルートに
編曲しようと考えたのかの背景はライナーには記されていない。
推測では原曲は技巧的でなく抒情性に溢れ、重音などの奏法のないので
フルートでも再現可能と判断したのだろうと。
さてこの試みは成功しているか。

第1楽章ゆったりした牧歌的な導入。
3分半ほどしていよいよフルート登場。
最初はヴァイオリンの音に比べてか細い音に戸惑う。
更にやたらテンポが遅いのにまた戸惑う。
技術的に速くできないわけでなく、敢えてこのテンポでやっているのだ。
この曲が静謐でそよ風のように聴こえる。
ベートーヴェンの意志的な逞しさとは違う世界。これは不思議な感覚。
この穏やかな景色が延々続く。オケも控えめな音量で対応。
ただ、フルートの音域の限界は感じる。
ヴァイオリンの高音域の凛とした伸びのある音が出せない。
多分ゴールウェイあたりだともっと華麗なテクニックで魅せるところも
ベネットは地味だ。遅いインテンポが鈍重さを感じさせる。
こうなると逆にヴァイオリンという楽器の表情の豊かさを思い知る。
20:44から21;21はベネット作の短いカデンツァ。経過句程度。

第2楽章ラルゲットはもともと優美な曲であるので違和感は少ないが
案外フルートの特色が出ない。

第3楽章は一番効果的と思われた。
事実リズミックに歌う場面はきらりと美しい。
しかしながらもっと快適な速度で弾んでくれたらと思う。

正直言って併録のシュヴィンドゥル(1737~86)のフルート協奏曲の
ほうがフルートの魅力を生かした佳品と感じられた。
最終ロンドなどとてもかわいらしく思わず口ずさみたくなる。

録音はモルデンの聖ピーターズ教会。
St20Peters.jpg
音場は広すぎず清涼感のあるまっとうな音。
独奏、オケの距離感は近接ではなく力強さに欠けるが演奏自体に沿っている。

22:35  8:35  10:22   計 41:32
演奏   穏    録音  91点 

バーンスタイン ミサ オールソップ(2008)

2017.07.17 (Mon)
アールソップバーンスタインミサ
オールソップ/ボルティモア交響楽団他(2008、NAXOS)は司祭に注目。
作品全体の衝撃ではバーンスタイン自身盤、K.ヤルヴィ盤や井上の公演の
ほうが上だが、主役の司祭の個性ではこれが一番。

司祭役のJ・サイクスはアフリカ系の黒人バリトンでクラシックのみでなく
ゴスペル、ジャズなどの分野で活躍する。
最初の「シンプルソング」の歌唱から従来のクラシック系の歌唱と異なる。
すれっからしでシャウトやハスキーを駆使。
他の盤がまともな司祭が狂っていくのに対して、本盤は最初から崩れた雰囲気。
他のストリート・シンガーが真っ当だったりするので
ちょっと逆じゃないかという感じもあるが・・・。
終盤の「聖体分割」におけるサイクスの歌唱は張りがありスピーディで劇的。
MassGroup.jpg
mass_600.jpg
一方、音楽全体のつくりはオールソップらしく真面目で丁寧。
指揮者オールソップ(1956~)はバーンスタインに憧れ、そして師事した。
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前任のボーンマス響時代から師であるバーンスタインの作品を録音し、
2007年にボルティモア響の音楽監督になっていち早く取り組んだのが
この曲の上演・録音。彼女自身ジャズや他分野とクラシックの融合を
目指す活動をするなどまさにこの曲にうってつけ。
師の音楽に最大限の敬意を払っている。
終結はこの演奏でも実に感動的。

録音はボルティモア、ジョセフ・メイヤーホフシンフォニーホールでのセッション。
joseph meyerhoff symphony hall
最近のナクソスの録音は素晴らしい。誇張が無く耳に厳しいことは無い。

104:01
演奏  A    録音  94点

バーンスタイン ミサ 井上道義(2017)

2017.07.16 (Sun)
バーンスタインミサ公演ポスター
井上道義/大阪フィルハーモニー交響楽団他(2017、公演)は感謝&感涙。
初めてこの作品を劇場でシアターピースとして観た。そして感動した。
わざわざ大阪まで行った甲斐があった。

日本で23年ぶりの公演(フェスティバルホール)。
総監督・指揮・演出を手掛けた井上道義、関係者の情熱に頭が下がる。
たった2回の大阪での公演では全くもとがとれない多彩な出演陣と演出。
オケはもとより18人の歌手、児童合唱、バレエダンサー、合唱団、
ロックバンド、ブルースバンド、ブラスバンドの面々200人。
それぞれのパートごとの練習などがブログに上がっていたが
ここから皆の熱意が溢れ出ていた。

この作品の主題は解説書で以下のように説明されている。
 ①宗教的テーマ : 宗教宗派間対立ではなく個人の信仰の重要性。
 ②政治的テーマ : 作曲当時のベトナム反戦、平和への希求。
 ③音楽的テーマ : 音楽のジャンル、垣根を払拭する試み。

一方、今回の演出の最大の特色は
バーンスタイン自身の個人的内部葛藤に焦点を当てたこと。

ミサの進行役である「司祭」を「バーンスタイン」と見据える。
冒頭、作曲に勤しむ人物(バリトン:大山大輔)の姿から始まる。
その彼が「シンプルソング」を歌っている途中から
「司祭」に祭り上げられる(祭服を着させられる)。
「司祭」はミサの進行とともに周囲の影響も受け
アイデンティティの混乱と自己崩壊を起こす。
本当に在りたかった「彼」と周囲が既定する「彼」がずれてくる。

これはまさに、バーンスタイン。
シリアス作曲家として評価されたかったミュージカル作曲家、
指揮者、ピアニスト、TV解説者である才人。
一般的人気は得ても、批評家から辛辣に否定され続けた音楽家。
バイセクシャルが暴かれヘビーな飲酒と煙草で体を痛めつづけた個人。

『この作品は私のすべてであり、私の人生だ』とバーンスタインは
かつての日本公演に向けて語ったというが、本音だろう。

さて今回の公演だが非常に丁寧に作られたと思う。
この曲は殆ど演奏されずCDも半世紀近くたっても4種のみ。
当日の聴衆があまり作品に馴染んでいないことが念頭に置かれたと思う。
舞台中央の字幕で台詞が出たのも手助けだ。
ただそれでも英語、ラテン語、ヘブライ語、日本語、関西弁が入り混じり、
多彩なジャンルの音楽と宗教儀式を背景とするこの作品に初めて出会うと
戸惑うだろうし、実際理解できなかった「招待客」も多数いただろう。

私など最初のシンプルソングからこの作品の実演に接した感激で
ウルウルしてしまったが、隣のご婦人は時折ウトウトされていた。
ただ、それでも休憩後の後半1時間は怒涛の流れで会場は緊張感に包まれた。
「聖体分割:全てが崩れる」の15分の司祭の独白から
「平和・聖餐式:シークレットソング」での清らかな歌
(中1の込山直樹君のボーイソプラノ圧巻!)の場面ではこちらの涙腺も崩壊。
前半寝ていた隣のご婦人も目頭を何度もぬぐっていた。
これはまさに音楽の力だ。訳が分からなくとも心に響くのだ。
(↓大フィル公式ツイッターから https://twitter.com/osaka_phil)
バーンスタインミサ2
バーンスタインミサ大阪1
観終わって一般的に解説される上記①から③のテーマよりもバーンスタインの
個人的葛藤(=これは多かれ少なかれ多くの人が持つテーマ)が心に残った。
歌詞でも反戦関連の言葉が変更されたり、本来ソプラノ指示の「グローリア」の
「ThankYou」がカウンターテナーで歌われるなど井上の意図を感じた。
今回の演出方針は今後この「ミサ」が生き残っていく一つの方向だろう。

そしてまさにこの曲はシアター・ピースとして舞台を観て、四方からの音響を聴いて、
嗅いで(インセンス香が焚かれていた)など体感して本領を発揮する。

とにかく上演は困難を極めるが、恐るべき傑作であることは断言できる。
そして出演者、関係者のチャレンジ精神と情熱にも大いに刺激を受けた。深謝。

バーンスタイン ミサ K.ヤルヴィ(2006)

2017.07.14 (Fri)
kヤルヴィバーンスタインミサ
K・ヤルヴィ/ウィーン・トーンキュンストラー管弦楽団、アブソルート・アンサンブル
(2006、CHANDOS)は眩しいパワー。
音楽が活き活きとしておりバーンスタインの自作自演盤を忘れさせるような輝かしさ。

クリスチャン・ヤルヴィ(1972~)はエストニア出身の米国指揮者。
父ネーメ(1937~)、兄パーヴォ(1962~)は言わずと知れた大指揮者
姉マーリカ(1964~)はフルーティストと実に恐るべき仲良し一家だ。
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BBCミュージック・マガジンの表紙を親子3人の指揮者で飾った。
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そしてこの3人の指揮者の個性がそれぞれ違うのが面白い。
ネーメは万年青年職人、パーヴォは深読み繊細、そしてクリスチャンは革新派。
勿論まだ若いのでこれからどんどん変わると思うが、
ベルリンフィルに進出するなど活躍の場を広げており楽しみ。
昔はパーヴォもかなり思い切ったことをやっていたが、
今はクリスチャンのほうがキレキレだ。

そしてこのバーンスタインの「ミサ」。
バーンスタインに直接師事したのはパーヴォの方なので逆にこのミサ曲は
畏れ多い存在かもしれない。しかし、弟の方はその呪縛がない。
彼は各地でこのシアター・ピースを上演している。十八番なのだ。
(BBCプロムス2012でも上演⇒その際の動画はこちら
そもそもK.ヤルヴィが率いるアブソルート・アンサンブルという団体自体が
ジャンルを超えた楽器編成なのでまさにこの曲にぴったりだ。
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演奏はとにかく全編にハリがありパワーがある。
テンポは緩急があり飽きさせない。
リズムは弾みパーカッションの使い方が実に爽快痛快。
かと思うとグローリアでのソプラノ独唱はたっぷり清らか。
歌唱もストレートで張裂けんばかりの熱唱を繰り広げる。司祭も素晴らしい。
一気に最後まで持って行かれ、終結は劇的で感動的。
(上述の2012プロムス上演より、こちらのセッションの方が徹底し完成度高い)
(↓オーストラリアでの公演の様子)
kヤルヴィ
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録音はオーストリアのサンクト・ペルテン祝祭劇場でのセッション。SACD盤。
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音場・奥行き・伸び・透明感・帯域・迫力申し分ない。
パーカッションなど風圧も感じさせる。エレキやテープ音も汚くならない。
素晴らしい。

107:07
演奏    S   録音  97点

バーンスタイン ミサ ナガノ(2003)

2017.07.13 (Thu)
ナガノバーンスタインミサ
ナガノ/ベルリン・ドイツ交響楽団(2003、harmonia mundi)はノーブル。
バーンスタインの自作自演盤から30年あまり。
誰もしなかったこのミサ曲の録音に果敢にチャレンジした。

ケント・ジョージ・ナガノ(1951年~ )は、日系3世の米国指揮者。
バーンスタインとの交錯はどこなのかよくわからないが、明らかに使徒のひとり。
私の印象ではこの人は奇抜な音楽を作らずバランス感が効きスムーズ。
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そして本盤も同じアプローチ。
バーンスタインが問題意識を剥き出しにして音楽が汚れるのも構わず
攻めた部分はここでは流麗になる。
歌唱も押しなべて伸びがよく美しく、癖がない。
速めのテンポが自作自演盤のような毒や棘を消している部分もあるが、
むしろクラシックやミュージカルを聴く人が違和感がないのはこちかもしれない。
バーンスタインによる70年代のロック・エレキの音は今聞くと古臭く
場合によっては老人が無理して若作りをしたように聴こえる。
しかし、このナガノ盤はその”ダサさ”を感じさせない。
ここら辺の音づくりに2世代くらいのセンスの格差を感じる。

バーンスタイン盤では終盤の聖体分割式で聖杯を叩きつけ粉々にする場面が
オドロオドロしく描かれるのに対して、ナガノ盤はスピーディに崩れを描ききる。
そのあとの静寂と「シークレット・ソング」はテンポを落としリリシズムを極める。
そう、ナガノはこの曲から最大の透明な美しさを引き出した。

ただ説得力はやはりバーンスタイン。
もうそろそろその呪縛から解放されなければならないのだろうが。

録音はベルリンのフィルハーモニーでのセッション。
2ch用なので定位はしっかり安定しておりここらへんも通常のクラシック的。
ハルモニア・ムンディ・フランスの録音陣のセンスも洗練されており
広がりと伸びの良さが心地よい。

105:59
演奏   A    録音  94点
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